第120話 約束
翌朝。
いよいよ旅館をチェックアウトする日がやってきた。
今日は時間までのんびり過ごして、陽菜の要望通り温泉を満喫することになっている。
一応早い時間から利用できる大浴場もあるが、陽菜は部屋の露天風呂がいいらしい。
理由は大浴場は一緒に入れないからというかわいらしいものだった。
まさか全入浴を共にすることになるとは思ってもみなかったな。それでいて相変わらずマナー遵守と言ってタオルの着用を拒否してくるので、俺の情緒は毎度のこと破壊されている。
そろそろ裸耐性がついてもおかしくないはずなのに、いつまで経っても慣れそうにない。
何食わぬ顔で密着しているが、気を抜くと一瞬でのぼせる自信がある。
「はぁ……いい湯ですねぇ……。玲くん、このお湯にはどんな効能があるのですか?」
「疲労回復、筋肉痛、肩こり……あと美肌効果」
「……なるほど。疲労は回復しましたか?」
「……してない」
「と見せかけて……?」
「してない」
唐突に湯の効能を読み上げさせられた時は何かが始まるなと勘づいたが案の定だったな。
そんな期待するような眼差しを向けられても困る。
昨日は散歩して風呂に入って寝たから多少回復はできているが、それはそれだ。
そんな上目遣いで見てもダメなものはダメ。
「玲くんってすごくガードが固いですよね。女の子がこんなにも無防備を晒しているのに、どうしてそんなに平静でいられるんですか?」
「平静に見えてるだけだ。内心はヤバい」
「むしろそうでないと困ります。ドキドキしてもらえないと魅力がないのか不安になってしまいますからね。なので、もっと表に出してくれてもいいのですよ?」
「……考えとくよ」
健全な男子高校生なのでエロいことをしたいと思う時は当然あるけれど、四六時中その事ばかり考えているわけではない。
俺としてはこんな風に一緒にいられるだけで十分すぎるくらい幸せなので、身体を求めるのは程々でいいと思っているのだが……彼女さんはそうでもないのか求めさせようとあの手この手で誘惑してくるからなぁ。
「ところで、美肌効果ってどのくらい効果あるんですかね?」
「おい……なぜ俺を触る? 自分の肌で確かめてくれ」
「玲くん、肌綺麗になりましたね。出会った頃は結構荒れてましたが、ちゃんと栄養ある食事を取るようになってから改善されました。すべすべで触り心地いいです」
「その節は本当にありがとうございます。おかげさまで健康に過ごせています」
「どういたしまして」
俺の腕をさわさわと滑る陽菜のしなやかな指がくすぐったくてもどかしい。
でも、肌荒れとかがよくなったのも、陽菜に胃袋を掴まれてからだ。
この温泉の美肌効果が出ているかは分からないが、恋人に喜んで触ってもらえる肌というのは誇ってもいいだろう。
陽菜が育てた肌と言っても過言ではない。その頬ずりも甘んじて受け入れよう。
「ふぅ……では交代ですね」
「交代? 何が?」
「次は玲くんが私の肌を触って美肌効果がしっかり出ているか念入りに確かめてください」
「なんで?」
「どうぞ、遠慮なく。どこを触ってもいいですよ」
なぜそうなるのか。
俺が触るまでもなく身体を寄せてくる陽菜にたじろぐ。
もうね、柔らかくてすべすべなんですよ。
密着してるところが幸せなんですが、俺が固まっているとむすっとしてきたので慌てて手を伸ばす。頬に指でつまんでこねたり引っ張ったりしていると、満足そうに陽菜は顔を綻ばせていた。
「んっ」
「相変わらずもちもちですべすべだな」
「美肌効果出てますか?」
「超出てる」
知らんけど。
元々柔らかくて綺麗だったし、すべすべで触り心地のいい肌だ。
正直違いが分からないが、触っていて気持ちいいのは確かなのでそう言っておく。
「温泉、いいですね。ずっとここに住みたいです」
「のぼせるぞ」
「帰りたくなくなっちゃいますね」
「気持ちは分からんでもないが……」
「もう2週間くらい泊まりませんか?」
「学校始まるし、延長料金馬鹿にならないから無理」
「……そうですか」
そんな心底残念そうな顔するなよ。
なんか俺が悪いことしてるみたいじゃないか。
「陽菜だけもう2週間くらいここに泊まるか?」
「玲くんと一緒にいたいので帰りますよ。そんな意地悪なこと言わないでください」
「そうか、悪かった」
「本当です。玲くんと一緒じゃないと……意味ないんですから」
しれっと言うが、普通に照れるな。
温泉と俺、どっちを取るかで負けたらそれはそれで悔しいしな。
即答してもらえるのは素直に嬉しい。
「旅行、楽しかったな」
「はい、とっても。素敵な思い出ができました」
海と温泉、俺達なりに全力で楽しんだと思いたい。
夏の締めくくりにこんなにも素敵な思い出をもらえて、俺は幸せ者だと改めて感じる。
「また来ような」
「はい、約束です」
そう言って陽菜は小指を差し出してきた。
何をしたいのか察した俺は、その小指に自分の小指を絡めた。
顔を見合せて、幸せそうな笑顔につられて俺も笑ってしまった。
今回だけじゃない。
この幸せを何度でも。
約束を込めて、きゅっと絡めた指の温もりを感じていた。
それはそれとして、やっぱり帰りたくないと駄々をこねる陽菜を宥めることになったのはまた別の話だ。
◆
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