第112話 スイカ味の口づけ
スイカを見向きもしない斬新なスイカ割りを楽しんだところで、今はテント脇に用意したレンタルビーチチェアで休憩中だ。
最期の最期でようやく叩き割られて役目を遂行したスイカをしゃくしゃくと齧る。
炎天下の中で随分と放置してしまったからかかなり温くなっていたが、それでも海で食うスイカというだけで特別感がある。小さめだが二人で食べるには十分なサイズだし、身がしまっていてとても甘い。それだけでなく、こうしてスイカにありつけるまでにあった困難を思い返すと……うん、めちゃくちゃうまい。
「どうしました、渋い顔をして。スイカ、冷えてないからおいしくないですか? 氷買ってきます?」
「いや、いいよ。すごくおいしいから」
最終的にこのスイカに引導を渡したのは陽菜だ。
目隠しして棒を持つ側を交代しながら何度かやったが、俺が目隠しをして陽菜が指示を出す側の時に、俺がスイカに辿り着くことは一度もなかった。
理由は……まあ、お察しだろう。
陽菜が目隠しして、俺が声掛けをする時が唯一のチャンスと言っても過言ではなかったのだが、案の定というかなんというか……陽菜が大人しく俺の指示を聞くわけもなく……。
誘導の声は基本的に無視して、目隠ししているのか疑いたくなるほどの速さで俺に向かって突っ込んでくること数回。
ならばと思って敢えて何も言わずに静かに待機してみるも、放置プレイですかと興奮する始末だ。ビキニ姿の美少女が目隠しをされた状態でそんなこと口にしだすのはいかがわしさ満載で本当にまずいので、静かにやり過ごすこともできなくなり、甘んじて突撃を受け入れることになった。
しまいには俺の気配がどうとか言って、声かけをするまでもなく俺の位置を割り当てて、棒を投げ捨てては向かってくる。逃げても正確に追いかけてくるし、もうどうしようもなかった。
いつの間にかスイカ割りではなく、陽菜が目隠しされたまま俺に突撃するゲームと化していた。
なんで目隠しされた状態で俺の位置が分かるんだ。犬かな?
目隠し水着美女に追いかけ回される体験なんて男としては羨ましいシチュエーションなのだろうが……しばらくはお腹いっぱいだな。
とまあ……そんなお遊びを経て食べているスイカだ。苦労した分おいしく感じるし、好きな人と一緒に食べてる補正もある。冷えてなくたって特別においしい。
そんな特別感あふれる甘いスイカを堪能しながら、隣で同じくスイカを頬張っている陽菜に目をやる。
何をしていても絵になるな。こんなかわいい彼女の水着姿を拝む事ができる俺はとても幸せ者だ。
「……あの、そんなに見つめられると照れます」
「悪い、見惚れていた」
「そういうことなら穴が空くほど見つめてください」
「そこまでは見ないが」
「そこにちょうどいいテントがありますので、連れ込むというのも非常に良い選択だと私は思います」
「連れ込まないが」
「……そうですか、残念です。気が変わったらいつでもどうぞ」
ちょいちょい情欲を煽ってくるのがなんというか……この彼女さんの恐ろしいところだ。
先程のスイカ割りでは何度も密着攻撃を受けてしまっているので、これ以上の攻撃は止めていただきたいのだが……そんな俺の心を見透かしたようにじりじりにじりよってくるのはどうしてだろうか?
「あの……陽菜さん?」
「なんですか?」
「どうして俺の方に侵略してくるのでしょうか?」
「いいじゃないですか。少し大きめのビーチチェアですし、二人で座っても余裕があります」
「物理的な余裕はあっても、俺の精神的余裕がないのであちらにお帰り下さい」
「お断りします」
そう言って強引に詰めてきて、俺に覆い被さるようにしてリラックスし始める陽菜。なんのために二つビーチチェアをレンタルしたのか分からなくなるが、こうして俺に身体を預けてくれているというのに幸せを感じる。
ただ、それはそれとして、やっぱり水着で薄着だし、直接肌と肌で触れ合う部分も多いし、色々押し付けられていて困る。
陽菜とビーチチェアでサンドイッチされて、スイカも食べにくい体勢になってしまった。
まあ、幸いにも水着ということで多少汚してしまってもいいわけだが……とてもお行儀の悪い食い方だ。
なんとか食べ進めていると、スイカを持つ俺の手に陽菜の手が重ねられる。何事かと思ったのも束の間、俺の食べかけスイカをしゃくしゃくし始めた。
「おい」
「目の前においしそうなスイカがありましたのでつい」
「まだ手付かずのがあるだろ。食いたいならそっちを食え」
「……こちらの方がおいしそうなのでお構いなく」
なんでだよ。
まだ食べたいなら残ってるのから消費しろ。わざわざ俺の食べかけを強奪しなくたっていいじゃないか。
それに……陽菜が俺の上でスイカを頬張るせいで、なんか色々俺の顔に垂れてきてるんですが。
「玲くん、口元汚れてますよ」
「そう思うならそこで食うのやめてくんね?」
「綺麗にしてあげますので問題ありません」
「おいっ、ちょ……んっ」
ペロッと舌を出して舐め始め、そのまま唇を塞がれる。
スイカ味の甘いキスは、癖になってしまうほど気持ちがいい。
「ん、ぷはぁ……甘くておいしいです。もっとください」
「……ダメ」
「ありがとうございます。いただきます」
強引な口づけで、スイカの甘さが抜けきるまで貪られる。
甘さが抜けたらスイカを齧って、口移しで食べさせあい、何度もスイカ味を復活させる。
そうして重ねたスイカ味の甘くてとろける口づけは、残りのスイカがなくなるまで続いたのだった。
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