第111話 スイカ割り

 お陽菜様監修の念入りストレッチで無事身体が温まり、熱中症対策で水分補給を挟んだところでいよいよ海へ入る。

 レンタルした浮き輪に身体を預けて、ひんやりとした水にプカプカ浮かんで漂うのを楽しんでいると、不意に隣から顔目掛けて水をかけられた。


 もちろん、言うまでもなく陽菜からの攻撃だ。

 楽しそうに両手で水を掬って、あちこち揺らしている。

 海と言えば定番のやり取りである。だからこそ、俺も空気を読んで反撃に出る。


「やられっぱなしだと思うなよ」


「あー、やりましたねー。鉄砲モードです」


 不思議なもんだな。

 ただ、水を掛け合ってるだけだというのに、どうしてこんなに心が躍るのだろうか。

 陽菜と一緒ならなんだって楽しいし、子供みたいにはしゃげる。

 手の平を合わせて勢いよく水を押し出してくる水鉄砲を頑張って避けようとしながら、隙を見てはこちらからもやり返す。


 そんな時、陽菜が水中に身を潜めた。

 俺は浮き輪があるから潜れない。陽菜がどこから現れるのか予測をしながら再浮上してくるのを待つ。


「ぶはっ」


「うおっ、びっくりした……」


「えへー、お邪魔しまーす」


 突然、俺の目の前に陽菜が現れる。

 浮き輪の中に入り込んできたので、とても近いし柔らかい。

 正面から抱き合うような形になり、少し照れくさくて目を背けてしまう。


「あの、陽菜さん?」


「はい、お構いなく」


「……まだ何も言ってないんだけど」


「離れてと言いたそうでしたので。お構いなくです」


 相変わらず身体を押し付けてくることに余念がない。

 逃げ出そうにも浮き輪に二人分の身体が入っていて密着は必至だし、陽菜が俺の行動を封じるように抱き着いてきているので、浮き輪を持ち上げたり、水中に逃げたりという脱出方法がとれない。万事休すなので、陽菜がすりすり頭をこすりつけてくるのを受け入れるしかない。


 とりあえず直視していると色々まずいので、砂浜の方に目を向けていると、とある集団がスイカ割りをしているのが見えた。


「どこ見てるんですか? かわいい女の子でも探してるんですか?」


「かわいい女の子はここにいるから間に合ってるよ。ほら、あそこ……スイカ割りして、結構盛り上がってるなって思って」


 こんなかわいい彼女がすぐそばにいるのに、目移りなんてするはずもない。

 これだけ攻撃して釘付けにしておいてよく言うよ。


「海と言えばですね。二人なのであれほどの盛り上がりには欠けるかもしれませんが私達もやりますか?」


「え、なに……もしかしてスイカ持ってきてるの?」


「はい。小さめのものですがちゃんと持ってきてますよ」


「準備がいいというかなんというか……元々するつもりだったのか?」


「定番ですからね。それに……玲くんに合法的に目隠しするチャンスですので」


 しれっと怖いこと言うのは止めていただきたい。

 なに、合法的に目隠しって。


「じゃあ、もう少し泳いだらやりましょうか。目隠し……じゃなくてスイカ割り」


「いえ、お構いなく」


「そのお構いなくにお構いなくです」


 この状況を泳いでいるというのかも疑問だが、いったいどんなスイカ割りが行われようとしているのか……。

 遠慮したいところだが、お構いなく返しされてしまったので、心の準備だけしておこう……。


 ◇


 しばらく海水浴(?)を楽しんで、再度砂浜へ。

 二人で食べるのにはちょうどよさそうなサイズのスイカをレジャーシートの上に用意して、いざ目隠しをされる。


「どうですか? 見えてませんか?」


「なんも見えん」


「いいですね。つまり玲くんの視界が遮られていることをいいことにして好き放題やってもいいということですか」


「よくないよ?」


「……冗談です。では、その場で、ええっと……とりあえずいっぱい回って目を回してください」


 冗談には聞こえなかったが……まあいいか。

 とりあえず指示通りに何度か回転して、方向感覚を失くす。

 本来なら複数人からの声掛けによってスイカまで導かれるのだろうが、今回は二人でやっているため俺は陽菜の声を頼りに動くしかない。


「じゃあ、そのまま真っすぐ……そうです。いいですね」


 陽菜の声に従ってゆっくりと前に進む。

 まだ少し目が回っているからか真っすぐ進めているかは不安だったが、この感じだとちゃんと歩けてそうだ。


「少し右を向いてください」


「こうか?」


「あっ……玲くんから見て左です」


「じゃあこっちか……こんくらいか?」


「もう少しです」


「……これでどうだ?」


「完璧です。そのまま真っすぐ、真っすぐですよ……はい、止まってください」


「……これ、本当にあってる? なんか違う場所に誘導してない?」


「あってますよ。私を信じてください」


 その割にはなんか真正面から声が聞こえる気がする。

 スイカ割りは最終的に棒を振り下ろすから、正面に人の気配を感じるのは非常にまずいと思うのだが……果たしてこの状況でスイカを割るための棒を振りかぶっていいのだろうか。


「では、その棒は危ないので手放してください」


「は?」


「はい、没収です」


「おい、なんだこれ」


「では、そのまま両手で輪っかを作るようにして……そのまま狭めてください」


 棒をひったくられて空になった手を言われたとおりに動かすとやはり体温を感じる。

 そのままわっかを狭めていくと、先程まで海の中で感じていた柔らかさがおれの腕の中にある。


「はい、そのまま愛の言葉を囁いてください」


「……好きだぞ」


「私も大好きです」


 なにこれ。

 ただ陽菜を抱き締めて、愛を囁いてるだけなんだが?

 てか、スイカ割りで棒を取り上げられる事ってあるんだ……。


「上手にできた玲くんにはご褒美です」


 ちゅっ、と唇に温かく柔らかいものが当たる。

 目隠ししていてもキスされたのだと分かる。いったいこれのどこが上手にできたのか甚だ疑問ではあるが……なんだかどうでもよくなってきたな。


「おかわり、もらってもいいか?」


「はい、お構いなく」


 目隠しをずらすと、幸せそうな陽菜の顔がそこにある。

 思わずもう一度キスしてしまったのは仕方のないことだろう。

 元はと言えばそちらから仕掛けてきたのだ。やり返されても文句は言えないはずだ。


 ちなみにスイカは正反対の場所にあった。

 スイカ割りのルールガン無視で、スイカに辿り着いてすらいないが……これはこれでありかもと思ってしまったのはここだけの話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る