第107話 まだ終わらない夏

 夏休みも終盤に差し掛かった。

 俺達は夏休みの宿題を七月中に終わらせているため、今になって焦ることはない。

 夏を計画的に楽しむため序盤で頑張った甲斐があるというものだ。これも陽菜のおかげだな。


「玲くん、アイス半分こしませんか?」


「おう……ってカップタイプのやつじゃねーか」


 ソファでダラダラくつろいでいると陽菜がアイスを持ってやってきた。

 当然のように隣に座り、ぴったりくっついてくるのはもはやご愛嬌。

 夏の暑い日。冷房の効いた部屋で食べるアイスが美味しくないわけがないというわけでありがたくいただくことにした俺は半分を受け取ろうとして陽菜に視線を向ける。

 しかし、彼女が手にしていたのは予想に反してカップのアイスだった。


 半分こというからには割るタイプや数入っていてシェアできるものだと思っていたが……これでどう半分こするのか。

 なんて疑問に思ったのも束の間、差し出されるカップとスプーン、そしてあーんの顔で待つ陽菜の様子で全てを察した。


「ほれ」


「んむ。おいひぃです」


 陽菜の口元にアイスを掬い上げたスプーンを運んでやると、美味しそうに頬張り口の中で溶かして味わい始めた。

 それを見届けた俺も一口いただく。

 バニラの濃厚な風味が口に広がり、思わず頬が緩んでしまいそうになる。こうして間接キスをするのも当たり前になってきたなぁと感慨深く思う。まあ、間接じゃない方もあれだけしているのだから、多少は慣れてきてもおかしくないだろ。


「もうすぐ夏休みも終わっちゃいますね」


「そうだな。おかげさまで楽しい夏を過ごせたよ。ありがとうな」


「どういたしまして」


 アイスを食べながら切り出された何気ない雑談に答えて相槌を打った。

 季節としての夏はまだもう少し続くが、夏休みという意味でも夏はもうすぐ終わる。

 思い返すと……本当に濃い夏だった。


 夏休みを迎えると同時に一緒に住むことになり、告白して交際開始、そして俺の両親との顔合わせもした。

 花火大会デートも本当に忘れられない思い出になったし、その日の夜の初体験だって……きっと一生忘れることはない。


 こんなにも充実した夏になるとは思ってもなかった。

 でも、こうして思い出を辿っていくと、どれも陽菜を中心に彩られている。

 本当に彼女には感謝しかない。


「何か考え事ですか?」


「ああ、夏休みは色々あったなぁって振り返ってたんだ」


「私の思い出も玲くんでいっぱいです」


「俺も陽菜でいっぱいだ」


 優しく微笑む陽菜がとても愛らしかったので、ついキスをしてしまった。

 当然と言えば当然だが、バニラ味のする甘いキスだ。


「でも、私達の夏はまだ終わりじゃありませんよ?」


「ああ、海か。陽菜の水着……楽しみだな」


 つい振り返りをしていたが、まだ夏のイベントは残されている。

 夏休み終盤で海に行く予定を立てていたんだった。


「どうして終盤だったんだ? まだシーズンだと思うが、もう少し早めでもよかったんじゃないか?」


「あまり早いと人が多そうでしたからね。夏の終わり際なら多少人も落ち着いて、玲くんもゆっくり楽しめるかなって」


「確かになぁ。このくらいの時期になると、遊んでいる余裕がなくなる人も多いか」


 夏といえばで思いつくものは人によって分かれるだろうが、海と答えるものも多いだろう。

 海開きのシーズンともなれば、家族連れやカップルなどで賑わうのは容易に想像できる。


 そんなもっとも賑わう時期から少しずらして夏の終わり際に予定を組み込むことで、少しは落ち着いているだろうか。

 まあ、夏休みの宿題を計画的にやっておらず溜め込んでしまった者が焦り出すにはいい頃合いだとは思うが……それ込みで予定を立てるなんて気遣いレベルが高い。


「悪いな。気を遣わせて」


「私も人がいっぱいだと緊張するのでお構いなくです」


「まあ、陽菜の水着はあんまり人に見せたくないよな。無差別悩殺攻撃でたくさんの男が虜になってしまう」


「玲くんも虜になってくれますか?」


「俺か? 俺はもう手遅れだ」


 俺は水着の試着に付き合ったこともあり、陽菜の水着姿がどれほどの破壊力を有しているかもう知っている。

 そんな水着姿で浜辺を闊歩してみろ。すれ違う男どもが皆振り返り、二度見三度見して、あわよくばお近づきになりたいとお声がけ、もといナンパを仕掛けてくるのは目に見えている。


 だから陽菜の超絶キュートな水着姿はあまり人には見せたくない。俺だけに見せてほしいという独占欲が働いてしまう。

 そういう意味でも落ち着いてから行くのは賛成である。


「そういやプールとか行かなかったよな。行きたいって言ってただろ? よかったのか?」


「そういえば行ってないですね。玲くんは行きたかったですか?」


「俺はいいよ。陽菜の水着は見たいけど、頼んだらいつでも着てくれるだろ?」


「もちろんです。言ってくれればいつでも一肌脱ぎますよ」


 これは直喩の脱ぐなのか、それとも比喩の脱ぐなのか非常に気になるところだが、まあそれは置いておこう。

 陽菜とデートするのも楽しいが、外は暑いのでこうして家でダラダラ過ごしていたくなるのも無理はないだろう。

 陽菜と一緒なら普通に過ごしているだけでいい。特別なことが無くても毎日幸せだ。


「プールは温水の施設もありますし、行こうと思えばいつでも行けるので焦らなくていいですね」


「でも海開きのシーズンは大体八月いっぱいまでだったか」


「離岸流やクラゲなどの問題がありますからね。シーズンも終わってしまうことを考えるとやはり海と言えば夏です」


 プールはともかくとして、海はここを外すとまた来年になってしまいそうだな。

 夏休みの最後にまた素敵な思い出を作れる幸せを噛み締めなければ……!


「海と温泉旅行……楽しみですね」


「そうだな」


 現時点でもかなり濃い夏だと思っていたが、まだ思い出は追加されることになるだろう。

 おかげさまで、最後の最後まで熱い夏を過ごせそうだな。

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