第102話 心理テスト

 鼻歌混じりに身を清める陽菜。

 そんな彼女の裸体がすぐそこにあるのだと嫌でも意識させられる。


 俺はこんなにもドキドキして、心臓がうるさくてしかたないのだが、陽菜はどんなふうに感じているのだろうか。

 俺を揶揄おうとしているのか。それとも見られることをなんとも思ってないのか。付き合う前からずっとそうだったが、相変わらず距離の詰め方がえげつないというかなんというか……。

 まるで暴走機関車みたいだ。


「玲くん」


「……なんだ?」


「玲くんは身体を洗う時、どこから洗い始めますか?」


 唐突な問いかけに思わず押し黙ってしまった。

 これにはどんな意図があるのかつい疑ってしまったからだ。


 果たしてこれは罠なのか。

 答え方を間違えると何か恥ずかしいことが起こってしまうのか。

 それとも……ただ単純に純粋な疑問として尋ねているのか。

 目を開けられないから陽菜の表情も窺えない俺は、どうしていいのか分からなかった。


「別に深い意味はありませんよ。ちょっとした心理テストです。初めに洗う場所でその人の性格やこだわりなどが診断できるらしいですよ」


「なんだ。そういうことか」


「はい。そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」


「陽菜もそういうって信じるのか?」


「信じるかどうかは別として、話のネタには使えますので。女の子は意外とそういうお話が好きなんですよ」


「そういうもんか」


「はい。それで玲くんはどこから洗うのですか?」


 確かにそういった心理テストの類は見たことがある気がする。

 それについては安心したが、答え方によっては変な診断結果が出たりしないだろうか。まぁ、考えても仕方ないので、とりあえず答えてみよう。


「俺は……手から洗うかな」


 特に意識してここから洗い始めるというのは考えたことはなかったが、手に持った身体洗いタオルにボディーソープをつけて泡立てたら、そのまま手から洗い始め、腕や身体と移っていく傾向にある。

 言われてみれば確かに無意識のこだわりなんかがあるのかもしれないな。


「なるほど、玲くんらしいですね」


「今ので何か分かったのか?」


「初めに洗うところがその人にとってアピールポイント、つまり自信のある部位ということらしいですよ。まあ、本当かどうかは分かりませんが」


「手がアピールポイントって……なんかパッとしないな」


「そうですか? 私は玲くんの手、好きですよ。玲くんに手であちこち触られるのは気持ちいいですからね」


「言い方」


「事実ですので」


 含みのある言い方をするな。

 でもまあ……よく俺の指とか手とかを褒めてくれるので、触れられるのが嫌じゃないというのが本心であるのは素直に嬉しい。


「ちなみに陽菜はどこから洗うんだ?」


「あ、聞きます? 私は割とお腹や胸から洗い始めることが多いですが……この心理テストに従うと、プロポーションに自信があると言っているみたいでなんか恥ずかしいですね」


 少し恥じらいを含んだ声が響く。

 あの……聞いたのは俺だが、聞かされる身にもなってくれ。こっちまで恥ずかしい。


 でも、アピールポイントとしては間違ってないんだろうな。


「でもまあ、この心理テストも色々あるじゃないですか。似たようなのだと、性格が分かったり、悩みが分かったり、本当かどうか分からないものもあります。ちょっとしたおしゃべりのネタとして楽しめればそれでいいんじゃないですか?」


「……そうだな」


 心理テストといっても必ず当たるわけじゃない。

 俺達のこの結果も本当のところはどうか分からないが、こうして何気ない会話のネタとして消化されるならそれでいいだろう。

 それに、おかげさまで少し緊張が和らいだ気がする。


 そうやってしばし待っていると、シャワーの水が滴る音が鳴り止んだ。

 身体を洗い終わったということは……次にするのはもちろん入浴だろう。


「玲くん、入ってもいいですか?」


「……ダメって言ったらどうなる?」


「別にどうもなりません。入ります」


 まあ、今更混浴を躊躇ったところでもう遅い。

 押せ押せの陽菜が止まるわけないだろうし、やっぱり無理と尻込みしても、聞き入れてはもらえないだろう。


 こうして一緒に湯に浸かるのは初めてではないとはいえ、やはり緊張するな。

 超絶美少女との混浴……何度やってもなれるもんじゃない。


「では、失礼します」


 ちゃぽ、と水面が揺れ、水嵩が上がっていくのを肌で感じ取る。

 そして、浴槽から湯が溢れる音がしたことで、今まさに対面に陽菜がいるのだと真に実感させられる。


「ふぅ……いい湯かげんですね。玲くんはいつまで目を瞑っているんですか?」


 それもそうか。

 意識することは免れないとはいえ、この濁り湯なら透けて見えることはないだろうし、もう大丈夫か。


 促されて目を開ける。

 身体が温まって赤みを帯びた肩や顔など、湯に浸かりきらない肌色が直視できなくて、思わず目を逸らしてしまった。


 だからこそ、目に入ったその白いものに違和感を覚えた。

 バスチェアの上に畳まれて置いてある白い布のようなものが、否が応でも目に付いてしまってしかたない。


「あの……陽菜さん?」


「はい、なんでしょう?」


「そこの椅子に置いてあるものって何かな?」


「バスタオルです。ご存知なかったですか?」


「バスタオルは知ってるけどさ……さっきまであんなのあったっけ?」


「私の身体に巻いていたものですね。身体を洗う時に邪魔だったので外して、そのまま置いてきました」


 ふむ……なるほど。

 これはこれは……まずいんじゃないでしょうか?

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