第101話 一緒にお風呂
しまったな……。
適当に返事をしてしまったがためにこんなことになってしまうとは……我ながら迂闊だった。
気付いた時にはもう遅い。
訂正しようにも聞いてくれなかったし、うきうきで風呂の準備をしに行った陽菜のことを考えると無かったことにするのは難しいだろう。
俺が何か言い訳をしてもあの手この手でのらりくらり躱して、俺の逃げ道を封殺してくるのが容易に想像できる。
「……玲くん。お風呂の準備できましたよ」
「あの……一応確認なんですけど、一緒に入らないとダメか?」
「ダメですよ。だって玲くん……一緒に入ってくれるって言ったじゃないですか」
「ぐ……それを言われると何も言い返せない」
うーん、やっぱりか。
いくら適当に返事をしたからと言い訳しても、返事をしてしまったという事実は変わらない。
「さ、早く入りましょう」
「おい、引っ張るなって」
「早く。急いで。速やかにお願いします」
そうやって俺を脱衣所に引きずって行こうとする陽菜はとてもパワフルだった。
さてはちょっと休んで回復しちゃったな……。
◇
「なあ……せめて別で着替えないか?」
「逃げないと約束できますか?」
「厳しいかもしれない」
「逃しませんよ。というか一緒にお風呂は初めてじゃないじゃないですか。何を恥ずかしがっているんですか」
「いや、回数で慣れるもんじゃないから」
なにその経験があれば恥じらいがなくなる謎理論。
普通に異性の可愛い女の子とお風呂に入るのは恥ずかしいのだが?
「水着の時は大丈夫だったじゃないですか。今回もちゃんとバスタオルで隠すので安心してください」
「それならまあ……いいか?」
よくないけど。
きょとんとしている陽菜の様子から、それが最大限の譲歩であることは分かった。
隠していれば安心という理論は理解に苦しむが。
「分かったから先入っててくれよ」
「その手には乗りませんよ。私が先に入ったら玲くんは逃げちゃいます」
なぜバレた。
こういうところは本当に鋭いな。何がなんでも共に入浴をするつもりなんだろう。
「じゃあ俺が先ならいいのか?」
「それならいいですよ」
「じゃあそれでいい。その代わりちゃんとバスタオルで隠して入ってきてくれよ」
「……それは裸で入ってこいというフリですか?」
「違う! 揶揄うのはほどほどにしてくれよ」
「お構いなくです」
まったく……油断も隙もありゃしない。
でも、やりかねないのが三上陽菜クオリティなんだよな。
一応目隠しも持って行くか……。
「ほら、着替えるからちょっとあっち行ってなさい」
「……見学しても?」
「いいと言うと思ったか?」
「はいっ」
なんて眩しい笑顔だ。
もしくはまたお得意の捻じ曲げでいいと言ったことにされるのか……。
どちらにせよそれは認められない。
それが罷り通るのならとっくに一緒に着替えてしまっている。
うちの彼女さん、もう少し色々自重してくれると助かるんだが……無理な相談なのだろうか。
まあ、何か餌をぶら下げてやれば言うこと聞いてくれるか。
俺だって陽菜の扱い方は心得ているつもりだ。
「あー、せっかく頭でも洗ってあげようかなと思ったけど、わがままばっかり言う悪い子にご褒美はいらないか」
「どうぞ、ごゆっくり着替えてください」
そう言うと速やかに脱衣所から出ていってくれた。
ちょろかわだな。
とりあえず先に入って待っておくか。
◇
先に着替えて、身体を洗ってから湯船に浸かる。
今日一日の疲れが癒やされるような気がする。
入浴剤を使っているからか、お湯は白く濁っていていい香りがする。
肌を見せることへの恥じらいを陽菜が覚えているのか、それとも単純に俺への配慮なのか分からないが、湯に浸かってしまえば身体まではよく見えないと言うのは精神衛生上ありがたい。
どのみち同じ浴槽のなかで対面、もしくは密着することになるのを考えるとドキドキすることは必至だ。
そうなると、湯が透明だと秒でのぼせてしまう自信がある。
何度も言うが、大事なところをタオルで隠したからといって恥じらいがなくなるわけじゃないんだ。だから、この入浴剤はリラックス効果だけでなく、透け防止効果もあって非常にいい。
そうやって入浴剤の香りを楽しみながら水面をチャポチャポ揺らしていると、脱衣所の方で音が聞こえてきた。
覗きとかもせずにちゃんと時間差で着替えてくれているようで何より。
ぶら下げた餌が効果的だったみたいだな。
あとはちゃんと隠してきてくれるかどうかだが……そこは信じるしかない。
「お待たせしました」
向こう側からくぐもった声が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれる。
とりあえずバスタオルを巻いていてくれているみたいで一安心だが、やっぱりかわいい異性との混浴は落ち着かないな。
バスタオルだと身体のラインがどうしても隠せないので、女の子特有の膨らみなど、どうにも目のやり場に困ってしまう。
ひとまず濁り湯の中に沈んで、心を落ち着かせた。
「どうですか、その入浴剤。香りもいいですし、リラックス効果や美肌効果もあっていいやつなんですよ?」
「ああ、どうりで……」
「これで玲くんの肌をモチモチのスベスベにして、それを私が堪能します」
なんか言い方が料理の下拵えみたいな感じだったな。
堪能するということはあながち間違いではないか。どんなふうに堪能させるかが少し怖いところだ。
「では、約束通り洗ってください。全身隅々までお願いします」
「……俺が洗ってやるのは頭だけだぞ」
「そんなっ。意地悪しないでください。せめて前だけでも流してください……っ」
「せめて背中じゃね? いや、どっちもやらないけど。身体は自分で洗いなさい」
なんだ、せめて前だけでもとかいう斬新な要求は。
おかしいだろ。あったとしても背中を流してくださいなんじゃないの。
今回は流されずにちゃんと拒否できた。
しれっととんでもないことぶち込んでくるのは、この状況を引き起こしてしまったことで懲りているので、陽菜の言葉は一言一句逃さない心づもりだ。
「分かりました。玲くんの意志も固そうなので、致し方ありません。代わりに私が玲くんのお背中をお流ししましょう」
「俺はもう洗ったぞ」
「そんな殺生な……っ。せめて前だけでも……っ」
なんだろう。
トラップがデカすぎて引っかかる気がしない。
むしろそれでいけると思っているのか。
先に身体を洗っておいてよかったと心底思う。
「そんなこと言ってる暇あるならさっさと身体洗って湯に浸かれ。身体冷やすと風邪ひくぞ」
「……そうします。バスタオルちょっとはだけますが怒らないでくださいね? なんなら見てもいいですよ?」
「……目瞑っておく」
「残念です」
事前に宣言してくれるのは本当に助かる。
いきなり目の前でバスタオルをはだけられたら……困ってしまうからな。
目を瞑って視覚を制限されたからか、風呂場に反響する音がよく聞こえる。
シャワーのお湯の音、身体を洗う時の擦れる音、陽菜の微かな息遣いなど余計に意識してしまう。
どうにも居心地が悪い。
そのため俺はまた湯に潜り、ぶくぶくと泡を作りながら、彼女が身を清める間きを紛らわせていた。
◇
一つ前のお話で100話を迎えました。
それに対してたくさんの温かいお言葉をいただき本当にありがとうございます!
長く続けていけるように頑張りますので、引き続き応援していただけると嬉しいです……!
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