第99話 陽菜ちゃんは休憩したい

 なんとかタクシーを拾って俺たちの住むマンションへと向かってもらう。

 タクシーを拾えるかどうか心配だったが、こういう催しがあるのに備えてというべきか、思ったより簡単に捕まえることができた。

 まあ、利用者が増えそうな時は書き入れ時だもんな。俺たちは未成年だし普通に祭りや花火を楽しんだが、大人は飲酒などもしているだろう。どっかの酔いどれみたいなのができあがることも考えるとタクシーは儲け時だ。


 正直、タクシーでの帰宅はお財布へのダメージが大きいが、そこは母さんからもらった臨時報酬の残りでなんとかなる。まさかこうなることを想定して多めにお金を持たせてくれたとかじゃないよな……。


 タクシーで揺られても陽菜は相変わらずだ。

 俺の肩に頭を乗せて気持ち良さそうにしている。


(かわいい……)


 このくらいは普通のスキンシップ。

 触れ合うのなんて当たり前になりつつあったのに、酔っぱらいの戯れ言のせいで意識しっぱなしだ。


 肩に乗る重みが心地いいと同時に本当に緊張する。

 まあ、ある程度慣れてきたとはいえ陽菜は超絶美少女なのだ。完全に慣れきるなんてことはないだろうし、これからもきっとこうして俺の心を遠慮なく揺さぶってくるだろう。

 俺の心臓はいつまで持つのか、心配なところではある。


「ん……ぅ?」


「お、起きたか?」


「……ここは?」


「タクシーだ」


「行き先は? ラブホテルですか?」


「んなわけあるか」


 寝起きで開口一番に出てくる質問がそれとは……さては酔ってるのか?

 屋台で飲んでた甘酒って酔うのかな? リアクションが完全に酔っぱらいの母さんと一緒だったんだが?


「すみません、行き先変更でお願いします」


「おい、やめろ。しなくていいですから」


「しないんですか?」


「……しない」


 油断も隙もない。

 別に行ってもいいけど未成年だから入れないぞ。

 タクシー料金がただただ嵩むだけだから勘弁してくれ……。


「……お持ち帰りしてくれても良いのですよ?」


 俺の太ももにを手を添えて、耳元で囁かれる。

 甘い声と吐息がこそばゆい。

 陽菜の思うお持ち帰りとは違うかもしれないが、今まさにお家にお持ち帰りしようとしているのだからそれで納得は……してくれなさそうだ。


「玲くん、休憩したいです」


「家に帰ってからゆっくり休もうな」


「……けち」


 そうやってしばしアピールが続くが、俺はやんわりと拒否することしかできない。

 言葉通りの意味ではない休憩を催促しながら、どんどん迫ってくる彼女に心臓の鼓動が早くなる。

 ついには身体までぴったりと寄せてきて、首元に吸い付こうとしてくる始末だ。

 また虫刺されができてしまうので、悪い虫は引き離してオシオキしなければいけない。あと、一応ここタクシーだから。二人っきりじゃなくて、運転手さんいるから。普通に気まずい。


 そうして適度にあしらっていると、陽菜のほっぺたが膨らんでいくのが窓ガラス越しに分かった。プンスカしながらポカポカしてくるが別に痛くはない。至って普通のじゃれあい。あるいはもっと構ってほしいという表現だろう。


「あの……陽菜さん?」


「お構いなく」


「そう言われてもだな……家に帰るまで我慢できないか?」


「いいえかノーで答えればいいですか?」


「……はいかイエスで答えてくれ」


「難しい言葉使うのやめてください。理解不能です」


「そうか……難しいのか……」


 第三者のいる場でこうもスキンシップを厭わないのはさすがというべきか。

 でも、ちょっとは気にしてほしい。あまりこちら側に押し込まれると、陽菜とタクシーのドアでサンドイッチが出来上がってしまう。

 柔らかいのと硬いので挟まれて、片方は幸せだが片方はちょっときつくなってきた。


 そんな物理的にも精神的にも色々ときついサンドに耐えていると、次第に陽菜からの圧が弱まっていく。

 ちらりと横目で確認すると、ウトウトと船を漕ぎ始めている。

 やはりお疲れなのだろう。無理せずゆっくり休むべきだ。いや……休憩とかじゃなくて普通に。


 むにゃむにゃと回らない呂律で何かを呟いて……電池切れのようにコテンと倒れてきたた。

 俺の太ももに頭をポスンと乗せて、俺の手を絡め取りながらまたすやすやと眠りにつく。

 もちもちほっぺたに押し当てられた手を動かそうとすると、少しくすぐったそうに身を縮め、手の封印はより強固なものになる。


 こうして手を繋いだり、頭を撫でたりするくらいならいくらでもやってやるから、安心して眠ってくれ。

 まじで、切実に。できればお家に帰るまでぐっすりと。


「……きゅう……けい」


「しないぞ」


 どんな寝言だと思いながらもうっかり反応してしまうと、陽菜のほっぺが膨らんだ。

 どうやら夢の中でも拒否られてプンスカしているみたいだな。


 そんなほっぺの膨らみを押し返すと、ぷすっとかわいらしい音が漏れる。

 色っぽい唇に指を添わせていると、はむっと口に含まれてちゅぱちゅぱされる。それがお気に召して怒りが収まったのか忙しかった表情も安らかになった。

 ……まるでおしゃぶりで泣き止む赤ちゃんを彷彿とさせる。かわいいが過ぎる。


(そのままいい子にしててくれ)


 せっかく寝付いてくれたのなら、どうかそのまま安らかに休んでいてほしい。

 また起き出して、夜泣きと癇癪が始まったら大変だからな。


 そうならないためなら指の一本や二本くらいふやふやになってしまっても許容範囲だ。

 でも……指ちゅぱと甘噛みのコンボはなんというかこう……色々よくないなと思った。

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