第76話 特別の誓い
「……ということです」
「なるほどなぁ……じゃあ、お互いに勘違いしてたってわけか」
「桐島さんが言葉足らずなのが悪いです。反省してください」
その後、二回目だと思っていた三上さんとのキスが、実は三回目であると判明するのに時間はかからなかった。
何かを悟り、吹っ切れたような三上さんに対して、とにかく混乱する俺。三上さんの突然の行動とそこに至るまでの理由。生まれた勘違いとそれを助長させた俺の認識とのすれ違い。
一度落ち着いて話をすることで、それらをすべて明らかにして、今に至る。
俺が寝てる間にされた……というかうっかりしてしまった一度目のキス。それを認識している三上さんと認識していない俺の間で生まれた勘違い。
三上さんがやたら俺から逃げ回っていたり、顔が赤かったりしたのはそのせいで、俺はそれを体調不良を隠しているからだと思い詰め寄り、さらに三上さんを意識させて勘違いを加速させた。
隠していることに対しての認識の違い。すれ違いながらも絶妙に成立してしまった会話により、三上さんは俺に一度目のキスがバレていると思い込み、それを執拗に暴こうとする俺に観念し……二度目のキスを敢行した、というわけだ。
納得はした。だが、まだ頭は混乱したままだ。
なにせ三上さんと……女の子とのキスをしてしまったのだから。
少し恥じらいながらも、スッキリとした表情で誕生日プレゼントだと告げる三上さん。
いくら俺でも……ゆっくりと時間をかけて距離感など諸々をバグらされてきた俺でも分かる。女の子のファーストキスがどれだけ貴重で、特別なものかは理解している。
誕生日が特別な日だからといって、ほいほい誰にでも渡せるプレゼントではない。
「どうでした? 私のファーストキスの味は?」
「……ファーストキスは知らん。寝てたからな」
「ふふ、そうでしたね。では、その後は?」
「……びっくりしすぎてよく分からんかった」
「その気持ち、分かりますよ。私も一回目はそうでした」
いつの間にか奪われていた俺のファーストキス。いつの間にか与えられていた三上さんのファーストキス。
男の俺のなんて需要はないだろうが、三上さんのは違う。
それは誰がどう考えても特別なんだ。
これまでも三上さんは……俺に特別を与えてくれていた。
三上さんを普通という概念で語れるかは定かではないが、普通ではしないことを……俺はたくさんしてもらった。
普通の女の子はほいほい男の家に上がらないし、軽率にくっつかないし、肌もあんまり見せない。
三上さんのそういう……普通ならしないことを数えるには、きっと足の指を使っても足りないくらいだろう。
その上で……キスまで。
これはもう……。
「桐島さん」
「……なんだ?」
隣に座る三上さんは俺の手に自らの手を重ね、緊張した顔つきで見上げてくる。
重ねられた手の震えが伝わってくる。きっと同じことを考えているのだろう。
どうやら……答え合わせをする時がきてしまったみたいだ。
今までずっと……先送りにしていきたそれを。
「私から言わないといけませんか?」
「いや、俺が言う。言わせてくれ」
散々待たせたんだ。ここでまた逃げたら……俺はきっと後悔する。
三上さんはずっと伝えてきてくれていた。それを見ないふりをして、気付かないようにしていたのは俺だ。
そのくせ突き放すこともせずに、見て見ぬふりをしながら彼女の特別を受け取った。
三上さんだから仕方ないと与えているような気持ちでいながら、ずっともらっていたのは俺の方だ。
当たり前のように甘え続けていた……俺は卑怯者だ。
自分の気持ちなんて、とっくに出ている。
じゃなければ……俺だって三上さんをこんな特別に扱わない。
俺はどちらかと言えばパーソナルスペースが広い人間だ。人見知りだし、打ち解けるまでに時間がかかる。高校デビューでそんな自分を変えようと思っていたが、結局それもできなかった。
でも、三上さんは――そんな俺の懐にいとも容易く入り込んできた。
初めは……本当に偶然だった。あの時は三上さんのことは知らなかったし、それ以上関わる気もなかった。だから、俺に関わろうとしてくる三上さんが不思議で仕方なった。
偶然の交わり。でも、直線は一点でしか交わらない。
そこを過ぎればあともう出会うことはない。そう思っていたのに、三上さんは俺と関わることを選んだ。
俺はそれを拒絶しなかった。できなかった。
三上さんの、自分の意思を押し通す強さは本当にかっこよかった。
それに比べて、周囲の反応を気にして、もう関わるのは止めた方がいいと、自分の気持ちと三上さんの気持ちを蔑ろにした俺はかっこ悪かった。
仲良くなりたい人と仲良くしようと思うのは悪いことか、と言い放った三上さんの少し怒った顔は今でもよく覚えている。
そうだな。仲良くなりたい人と仲良くしようとするのはなんにも悪くない。
だから……俺も。仲良くなりたい人と、もっと仲良くなりたいと思う。特別でいてほしいし、特別になりたい、特別であり続けたいと思う。
だから、もう悪くないなんて言葉で誤魔化さない。
三上さんと出会って、関わるようになってまだ三か月とちょっとだけど、三上さんと過ごした日々はとても心地よく、至福の時間だった。
三上さんといるのは悪くない、じゃない。
三上さんといたい。三上さんがいい。三上さんじゃないと嫌だ。
俺はとっくに、そう思っていたんだ。
それでも……一歩踏み出すことができなかったのは俺の弱さだ。
三上さんと過ごしていく中で、彼女の好意が俺に向いて、どんどん膨れ上がっていくのは、鈍感な俺でも分かっていた。
それに完全に応えることをせずにズルズルと流されるように中途半端な付き合いをしてしまったのは……三上さんが分からなかったからだ。
どうして俺にその感情を向けるのか、ずっと分からなかった。なんなら今でも分かっていない。
例えるなら……答えは分かったけど、その答えを導くまでの過程がまったく分からないといったところか。
俺は自分に自信がない。だから、三上さんのような完璧美少女に好かれる理由が分からなかった。
分からないことは怖い。だから、知りたい。知って安心したい。
そんな風に思うのは、とっくに出ている答えから目を逸らすための言い訳だったのかもしれない。
でも、もういいんだ。好きになるのに理由なんて必要ない。
要した時間も関係ない。
大切なのは――芽生えてしまって、大きく育ってしまった『好き』だというこの気持ちだ。
その気持ちに忠実にいられる三上さんのすべてを俺は信用している。
分からないこともたくさんあるけれど……そんなことは、これからゆっくり時間をかけて、知っていけばいいんだ。
だから、俺も。
この感情に正直になろうと思う。
余計なことは……三上さんに倣って、お構いなく……だ。
「三上さん」
「……陽菜って呼んでください」
「陽菜、好きだ」
改めてそれを言葉にする時、どうなってしまうのかとても不安だった。
でも、落ち着いている。考えも纏まっていて、伝えたい想いを全部言葉にできる。
「最初は関わることはないと思ってた。でも……強引に踏み込んで、俺との距離を詰めてくる陽菜に困惑しながらも……悪くないなって思ってた」
三上さんの肩に手を置き、真っすぐに見つめる。
真剣に話を聞いてくれている。
「でも、いつの間にか変わった。陽菜といるのも悪くない……じゃなくて、陽菜がいい。陽菜といたい。陽菜がほしい。強引な陽菜を仕方なく受け入れるんじゃなくて、俺の方から欲するようになっていた」
「……それは、嬉しいことを言ってくれますね」
「俺は人見知りでパーソナルスペースも広い人間だ。でも、陽菜はあっさり俺の懐に入り込んだ。短い時間でこんなにも好きになってしまった。出会ってまだ、たったの三か月なのにな。ころっと堕とされた俺を笑ってもいいんだぞ?」
「笑いませんよ。それで私が笑ってしまったら、それよりも早く堕とされていた私はどうなるんですか? ただ笑うだけじゃ済みませんよ。笑いすぎてお腹が痛くなってしまいます」
そうか。そうだな。腹を抱えて笑ってしまうな。
分かっていた。いっぱいアピールしてくれてたのに、本当に悪いことをしたと思う。
その償い……というわけではないが、これからはちゃんと応えるよ。
これは……そのための覚悟であり、誓いであり……俺の本心だ。
「これからも時間を共にしたい。ずっと俺の特別でいてほしい。大切にする。だから――俺と付き合ってくれ」
「……はい、喜んでっ」
そう言って陽菜は俺の胸に飛び込んでくる。
あまりの勢いに押し倒されそうになってしまうがなんとか耐えて、俺も彼女の背中に腕を回し、力強く抱きしめる。
「もう逃がしませんからねっ」
「ああ、俺だって逃がさない」
太陽みたいな眩しい笑顔を見せる彼女に、俺も負けじと誓う。
それは特別であることの誓い。
もう絶対に……離してやらない。その誓いを込めて、俺は――彼女の唇を塞いだ。
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