第74話 二度目のファースト

 ということで、この度めでたく誕生日を迎えました。

 そのはずなんだが……朝から三上さんの挙動がおかしいのはなんでだろうか?


 催促するわけではないが、まだおめでとうも言われていない。

 それどころか目が合うと逸らされて小走りで逃げていくし、顔もなんだか赤いような気がする。

 俺が誕生日を言うのが直前だったせいで、夜遅くまで準備に取り掛かる日もあったし、頑張りづめだった三上さんなので少し心配だ。


「三上さん? 大丈夫か?」


「お、お構いなく~」


 キッチンにいる三上さんに近寄って声をかけてみるも、びくっと背中を震わせたかと思うと、次の瞬間にはいつものセリフと共に逃げ出そうとしてしまう。

 なんだか避けられてるみたいで少し寂しい。

 昨日まではいつも通りだったが……何かあったのだろうか。それとも……やはり体調が悪いことを隠していたりするのか。


 三上さんのことだからあり得る。

 今日に向けてすごい張り切っていたし、俺としてもその気持ちはすごく嬉しいが……無理をしているというのならそれはいただけないな。


「ちょっと待て」


「ひゃっ」


「何を隠している?」


「べっ、別に何も隠してなんかいませんよ」


 俺の横を通り過ぎようとした三上さんの進路をふさぐように腕を突き出し、壁と挟むように立つ。

 明らかに慌てた様子で目を泳がせている三上さんが挙動不審すぎる。

 いつもならばその言葉を信じて退いていたかもしれないが、どうみても様子がおかしい今回ばかりは退けない。


「あの……本当に何もないのでお構いなく……です」


「いや、構う」


「お、お構いなく」


「構う」


「ひぇ、ど……どうして今日に限ってそんなに強情なんですか……?」


 いつもそれで押し通せるから今回も押せると思ったか。悪いな、今回は俺も自分を押し通させてもらうぞ。

 体調が芳しくないことを隠し通すために逃げ回っているというのならば、もう逃がさない。捕まえてベッドに放り込んでやるくらいの気持ちで退かない。

 だから、どんなにかわいくお構いなくをされても、誕生日を迎えてレベルが一上がった俺には効かない。いや……めちゃくちゃ効くけど耐えきってみせる。


 進路妨害している手とは反対の手で三上さんの手首を押さえ、逃がさない意志を強く保つ。

 近くで見るとよく分かるが、やっぱり顔が赤い。なんだか息も荒い気がする。


「顔が赤いな。やっぱり……隠しているんだろ?」


 連日の無理が祟ったのだろう。

 俺は気持ちだけで嬉しいから、無理をせずに白状して、ちゃんと休んでほしい。


「や、やっぱりって……気付いていたんですか?」


「ん? そりゃあ、三上さんを見ていればなんとなく分かるよ。三上さんは顔に出やすいからな」


 いつもと明らかに様子が違うのだから気にもなるし、顔が違う。

 三上さんはクールな印象もあるけど表情は豊かだしとても分かりやすい。


「じゃあ……とっくに知っていたんですか?」


「そうなるな」


「そうですか。バレてしまっていたのなら仕方ありませんね」


「ようやく観念したか」


「はい。観念しました。覚悟も決めましたのでそろそろ手を離してください。その……いつまでも壁ドンされていると照れます」


「あ、悪い」


 よし、ようやく今日一日しっかり休む覚悟を決めたか。

 誕生日は一年に一度だからと駄々をこねて渋るかと思ったが……思ったよりも早かったな。

 俺は無理して祝われるより、元気な三上さんを見られる方が嬉しい。

 極論、お祝いなんて過ぎてからでもできる。


 それにしても……言われてから気付いたが、これが噂に聞く壁ドンというものか……。しまったな、そんなつもりじゃなかったが……三上さんには悪いことしてしまったな。

 三上さんの手を離して、壁からも手を退ける。三上さんは少し安心したように息を吐いた。


「では……目を閉じていてもらえますか?」


「え、なんでだよ?」


「なんでって……それは、私が恥ずかしいからですが」


 恥ずかしい?

 無理せず休むことは何も恥ずかしいことじゃないぞ。

 休まないことが美徳だと勘違いしている人も多いが、そんなことは断じてない。三上さんはもっと自分を大切にするべきだ。


 それに……もしかしたらまだ逃げるチャンスを窺っているのかもしれない。

 隙を見せて、また逃げ回られるなんてことになったら大変だからな。きっちりとベッドで横になるのを見届けなければいけない。


「いや、ちゃんと見届けるよ。三上さん、目を離すと逃げちゃいそうだし」


「なっ!? 馬鹿にしないでください。覚悟を決めたと言ったじゃありませんか。逃げるなんてそんなこと……しません」


「じゃあ見てても大丈夫だよな?」


「うぅ……分かりました、分かりましたよ。見てていいですからっ」


 そう言って三上さんは真っ赤な顔で俺を睨みつける。

 信用していないみたいな言い方になってしまい心が痛むが、三上さんのためだ。心を鬼にしてちゃんと休んだか確認しなければいけない。


「すぅ……はぁ……行きます……っ」


 深呼吸をして、三上さんは顔を上げた。

 寝室に向かうのになぜ……と疑問に思っていると、三上さんの腕が不意に伸びてきて、俺の顔を固定するように挟んだ。


「桐島さん、お誕生日……おめでとうございます」


 動揺を隠せずにいたのも束の間。三上さんは一歩距離を詰め、俺を見上げながら、祝福の言葉を囁く。

 三上さんはそのまま背伸びをして、顔が近付いてきて――


「んむっ!?」


 次の瞬間、俺は唇を奪われ……俗にいうキスをされていた。

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