第73話 一番乗りのプレゼント

 桐島さんのお誕生日が発覚してから大慌てで準備に取り掛かり、今は八月四日の夜ですが、なんとか下準備は終えることができました。


 いやぁ、危なかったですね。

 時間がない中で効率的に準備を進めていかないといけないのに、気が付くと桐島さんの方に吸い込まれて、甘やかされているうちに時間が過ぎ去っていたのでとても大変でした。


 桐島さんは時を飛ばす能力を持っているのかもしれません。

 気付くと三時間ほど経過していたり、気付くと六時間ほど経過していたり、酷い時はお昼から夜になっていたり……たくさん時を飛ばされました。


 これも全部桐島さんが私ホイホイなせいです。うっかり吸い寄せられる私に非はありません。ですが、その素晴らしい甘やかし性能にケチは付けませんよ。今後も品質維持、ひいては向上に努めていってもらいたいです。


「桐島さん、ご両親の到着は何時頃になりそうですか?」


「夜の六時くらいに到着予定だそうだ」


「分かりました。では、それに合わせて仕上げに取り掛かります」


「色々やってもらっちゃって悪いな」


「私がしたくてしていることなのでお構いなく……ですよ?」


 お誕生日という一年に一度の記念日。生まれてきてくれたことへの感謝を示す大切な日。それを少しでも良いものにしたいと思う私のエゴでもあります。


 直前に知らされたり、ホイホイされて時間を奪われたりと大変ではありましたが、私がしたくてやっている準備なので苦ではありません。


「ところで……本当に私もご一緒していいのですか?」


「ああ。というかここまで準備に奔走した三上さんがいないとかありえないだろ」


「家族水入らずの時間を過ごされなくていいのですか?」


「いいよ。むしろここまでしてもらったのに三上さんを除け者にしたら、余計に怒られそうだ」


「そうですか。では、ちゃんと義父様と義母様にご挨拶をしなければいけませんね……」


「……変なこと言うなよ」


 桐島さんのご両親への挨拶……とても緊張しますね。ですが、私はできる女なので、しっかりとご両親に好印象を与えてみせます。


 そうすれば自然と外堀から埋まっていくわけです。天才ですね。

 なので、桐島さんのご要望にお応えできるかは……時と場合によりますね。


「今日はこっちにいるのか?」


「はい。もう準備は済んでいますし、持ってくるものもこちらの冷蔵庫に移してあります。あ、つまみ食いはしてもいいですが、ちょっとだけですよ? 全部食べたら……怒っちゃいますからね」


「三上さんの作るものはなんでも美味いからなぁ……。つまみ食いしたら止まらなくて全部……って冗談だよ」


「もうっ……本当にダメですからね?」


 この数日は料理の下準備などで夜中に帰ることもあったのですが、すべて終わらせているのでもうその必要はありません。

 今日はちゃんと一緒に寝ることができます。


 本当は日付が変わるまで待って、一番にお祝いしたいところですが、明日は桐島さんのご両親への挨拶が控えているので夜更かしは禁物です。

 寝不足で粗相などをしてしまったら、外堀から埋め立てる作戦が台無しになってしまいますからね。


 夏休みだからといって変にリズムを変えずに、早寝早起きは継続です。


「ご両親はこちらにお泊まりするとのことですが……私はどうすればいいですか?」


「いつも通りでいいだろ」


「それはつまり……ずっといてもいいのですか?」


「まぁ、そうなるな。三上さんが俺の親がいる空間が嫌なら無理強いはしないが」


「それはもう。お構いなくです」


 むしろアピールチャンスなので、いさせてもらえるとありがたいです。あと……あまり離れると禁断症状のようなものが出てしまうので、そっちも心配です。


「今日は早めに休んで、明日は桐島さんのご両親を万全な状態でお迎えしましょう」


「別にそこまで気を使わなくていいぞ」


「いえ、私の計画……げふんげふん。なんでもありません」


「今計画って言った?」


「言ってません」


「なんか悪巧みでもしてる?」


「してません」


「今白状するなら……いいことがあるかもしれないぞ?」


「うぬぬぬぬ……何もないですよ」


 おっと……あまりにも魅力な取引に危うく口が滑ってしまうところでした。

 私としては穏便に事を進めたいので、桐島さんには悟られず自然体のままでいてもらわなければ困ります。


 桐島さんは黙って見ていればいいのです。

 これは私の盤外戦なので……どうぞお構いなく。


「そういうことなので私は寝ます。お布団役の桐島さんも連れていきますがよろしいですか?」


「よろしくない……と言ったら?」


「明日のご馳走は桐島さんだけ抜きです。桐島さんのご両親と一緒に全部食べちゃいます」


「あの……俺の誕生日なんだよな?」


「さぁ、どうでしょう……?」


 そうとぼけてみせると、桐島さんは仕方なくといったようにテレビを消し、立ち上がってくれました。

 袖を引っ張ると、特に抵抗もなく付いてきてくれる。私のわがままを受け入れてくれるそういう優しいところ……素敵だと思います。











「んぅ…………」


 夜中。桐島さんの腕を枕にして眠っていた私は、喉の乾きを感じて目を覚まします。


 うとうとしながら起き上がり、台所に向かって、お水を飲んで喉を潤すと少しスッキリしました。


「あ……日付変わってますね」


 ふと目を落としたスマホが示す日時は八月の五日。桐島さんのお誕生日です。

 その数字を見ただけで、なんだか嬉しくなります。


 寝室に戻り、常夜灯に照らされた桐島さんの寝顔を眺め、なんだか柔らかい気持ちになってしまいました。


「お誕生日おめでとうございます」


 起こさないように小さな声で囁いて、ベッドに膝立ちになり、桐島さんの顔を覗き込むように私の顔を近付けます。


 これは……私からのプレゼント第一弾です。

 面と向かってやるのは少し恥ずかしいので、こっそりとしてしまいますが……いつかちゃんとするので今はほっぺで許してくださいね。


「では、失礼します」


 自分の唇を指でなぞり、その指で桐島さんの頬を突っついて、そこに狙いを定めます。

 あと少し、ほんの少し顔を動かして、唇を突き出すだけで触れる。そこで私は目を瞑り、残りの距離をゼロにしようとした時――桐島さんが寝返りで身を捩らせて、そのせいで照準が僅かにズレてしまい……。


「んっ……???」


 あっ…………?

 え…………っ?

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