第72話 プンスカムッスー
三上さんが嵐のように去っていき、一人取り残された俺。
一人暮らしの俺の家だが……夏休みに入ってからはずっと三上さんがいたので、こうして一人になるのは久しぶりかもしれないな。
とても静かだ……。
当たり前が当たり前でなくなったこの光景に少し寂しさのようなものも感じる。
でも、その反面嬉しくも思う。
三上さんがこの家を飛び出していったのは、俺の誕生日のためだ。
八月生まれの宿命として、基本的に誕生日は祝われないというものがある。
何せ誕生日は長期休暇中の夏休みの最中に訪れるのだ。皆が知らないうちにひっそりと歳をとり、特に関心を得ることもできずに新しい一年を迎えることになる。
仲のいい友達がたくさんいれば、朝起きたら携帯の通知欄がお祝いの言葉で埋め尽くされているなんてことも夢ではないだろう。あわよくば誕生日会を開いて招待するということも……。
「……はっ、んなわけあるか」
なんて現実逃避はやめやめ。
そもそも第一前提から成り立っていないし、そういった派手な催しを好む性格でもない。
とまあ……そんなわけで、いつしか俺は誕生日は特に祝われるものでもないと思い始めた。
それでも親だけは毎年必ず祝ってくれて、今年も祝おうとしてくれているのでありがたいと思う。
それにしても――。
「親以外に祝われるのって、久しぶり……な気がする」
いや、まだ祝われたわけではないが、俺の誕生日を知って、慌てて準備に飛び出していった三上さんをみていたら、やっぱり少し嬉しいかもしれない。
祝われないのが当たり前だと思っていたからか余計にそう感じる。
でも、三上さんには悪いことをしてしまったなと反省もしている。
「三上さん、結構怒ってたかな」
慌てたようで、少し怒ってもいたようにも見えた。
プンスカムッスーって感じの三上さんは非常にかわいいが、あまり怒らせると後々跳ね返ってくるからなぁ……。
しかし……そうか。
確かに怒るのも無理はないか……。
仮に立場が逆だったとしたら。
三上さんの誕生日を知らぬまま当日を迎えたり、過ぎてしまったりしてしまったら俺でもきっとなんで言わなかったんだと詰め寄ったかもしれない。
そういう意味では、親が来ようとしてくれたのはラッキーだったのかもしれない。
じゃなければ三上さんに誕生日を告げるきっかけは訪れないまま過ぎ去っていたと思う。
「でも……そうかぁ。多分と親と三上さん……会うことになるよな」
しかし……あえて考えないようにしていたが、親が来るということは、三上さんとエンカするということか。
三上さんは俺の誕生日を祝う気満々だし、親も泊まりに来るということはそれは避けられないだろう。
苦肉の策で三上さんを隠したところで……俺の家はとっくに三上さんに侵略されていて、至る所に痕跡が刻まれている。
家具やら家電やらはともかくとして、生活用品や女性物の衣類、などなど……。極めつけは三上さんに貸し与えた部屋。
うん、隠し通すのは無理そうだな。
とはいえ、親になんて紹介すればいいんだ……?
付き合ってないけど同棲してるご近所の同学年の友達……?
……何を言っているのかさっぱり分からん。
「いや……事実ではある。嘘は何も吐いてないな」
まぁ……いいか。
変に誤魔化すより正直に白状して、あとは流れに任せればいいだろ。
とりあえず親に連絡を入れて、食事やケーキなどの用意はしないように頼んでおこう。
おそらくお寿司やオードブルなどのパーティーセットを持ってくるつもりなんだろうが、三上さんが腕をふるってご馳走を作ってくれるのだ。俺はそっちが食いたい。
とっくに胃袋掴まれてるんですね……これ。
もう、ね。三上さんがキッチンに立つだけでお腹が空くよね。なので、誕生日に張り切ってご馳走を作ってもらえるのはとても楽しみだ。
それはそれとして……三上さんの誕生日は三月三日か。言ってたとおり本当に『みかみ』の語呂だし、ひな祭りの日だから『ひな』だな。とても覚えやすい。
まだ先の話だが……ちゃんと覚えておこう。リマインダーにもセットして忘れないようにしよう。
「ん……帰ってきたか?」
久しぶりの一人で静かだったから物音がするとすぐに分かる。
ガチャガチャ、ドタドタと慌ただしい音が聞こえて、バンとリビングの扉が開かれると、肩で息をした三上さんが怖い張り詰めた表情でつかつかと近寄ってきた。
「おかえり。どうした、忘れ物でもしたか?」
「はい。慌てていたので甘やかしてもらうのを忘れてました。充電お願いします」
「忘れ物ってそっちか……」
クールな表情で何を言い出すかと思えば……三上さんらしいというかなんというか。
袖をグイグイ引っ張ってどこかに連れ去ろうとするので、観念して立ち上がる。
引っ張られる先は……寝室かな。
「大事なことを黙っていた罰としていっぱい甘やかしてください」
「いや……聞かれなかったし」
「へぇ、ふーん。そういうこと言うんですか?」
「わ、悪かったって」
「……これは行動で示してもらわねばいけませんね」
「分かった分かった」
「ちゃんと示してくれないと……お誕生日は桐島さんの嫌いなものでフルコースになっちゃいますからね?」
そう言って三上さんは俺をベッドに押し倒して、イタズラに微笑む。
……やっぱ親に食事の用意をしないように頼んだのは早まったかもしれない。
まぁ……嫌いなものフルコースで祝われる誕生日はさすがに勘弁なので、今から頑張ってプンスカムッスーな三上さんの機嫌を取ろうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます