第71話 夏休み満喫計画

 八月を迎えました。

 とてもすがすがしい気分です。


 夏休みの宿題という敵を完全討伐したので残りは遊び倒すことができます。

 桐島さんも早期宿題討伐に協力してくれたおかげで、ここからが本当の夏休みというわけです。胸が躍りますね。


 普通のデートももちろんしたいですが、やはりここは長期休暇だからできることを最優先に。海も行きたいですし、旅行も行きたいです。いっそのこと海の近くの温泉旅館などを予約して、何泊かするというのもありでしょうか……。


「お、観光雑誌か?」


「はい。ここからが本番ですよ」


 机の上に広げた観光雑誌。桐島さんもそれをとってパラパラと捲って目を通しています。

 表紙には海外という文字が見えました。桐島さんは海外旅行に興味があるのでしょうか。もちろん私もあります。


「ハワイとかいいですよね~。二か月くらいどうですか?」


「……夏休みが終わってしまうんだが?」


「もちろん休学も辞さない覚悟です」


「やめんか。そんな長々とした旅行はせんぞ」


「……けち」


「かわいく言っても無理なもんは無理だ」


 くっ……ダメですか。

 まあ、さすがにそこまでするつもりもありませんが。

 親に通わせてもらっている学校で、一人暮らしを始めた途端に成績が落ちたり、学校を休みがちになったりなんてしたら困りますからね。

 そのあたりは私も弁えています。


 それはそれとして、かわいいともっと言ってください。

 無限回の復唱を推奨します。


「桐島さんはどこか行きたいところはありますか?」


「三上さんが行きたいところならどこでもいい」


「そうですか。海に行きたいのですが、少し遠くでもいいですか?」


「遠く? 別にどこでも構わないが……なんか理由でもあるのか?」


「まあ、あまりにも近場だとクラスメイトと会う可能性もありますからね。私としては構いませんが、桐島さんはそうではないかもしれないので、念のためです。それとも……お構いなくですか?」


「お構い大ありです。ご配慮ありがとうございます」


「むふー、感謝は行動で示してもらわねば困りますね」


 桐島さんのためを思ってというのも嘘ではありませんが、この配慮は自分のためでもあります。私のクラスにも友達同士で海に行くという話をしている方がちらほらいました。夏ですからね。当然だと思います。


 私は親のおかげで普通の高校生よりも少し裕福な生活を送れています。そのおかげもあって、夏休みに旅行も金銭的な面での悩みはありません。

 しかし、一般的なお小遣いの範疇でのお出かけとなれば、やはり交通費などのことも考えると近場が多くなるでしょう。

 故に、近場はクラスメイトや同学年の生徒とエンカウントする可能性が高いと予想します。


 先程、桐島さんには私としては構わないと言いましたが、実は私としてもそれはお構いありです。

 桐島さんとの平穏な時間を邪魔される可能性はできるだけ削ぎ落す。そう考えると、やはり自分のためですね。


 それはそれとして、桐島さんへの配慮は感謝されたいので、甘やかしフルコースは受け取ることにしましょう。

 だから、そんな携帯を弄ってないで、私を弄るべきです。


「ああ、悪い。母親から連絡が来ててな」


「おや、桐島さんのお母様ですか」


 それならば仕方ありません。私が構われるのはそのあとで構いませんが……そう言えばご家族の話題になるのは初めてかもしれませんね。

 桐島さんは自分のことも聞くまで話さないような方ですし、ご家族の話などはプライベートのことでもあるので、私から積極的に尋ねることもありませんでした。

 ですが、いい機会なので桐島さんのご家族についても聞いてみたいですね。


「ところで……急で悪いんだが、どこか遊びに行ったり旅行とか行くの、八月五日と六日は避けてもらえないか?」


「何か用事でもあるのですか?」


「いや……親が来ることになった。ついでに泊まっていくらしい」


「おや、それはそれは……。夏休みだから様子を見に来てくださるのでしょうか? なんにせよ、家族団らんですね」


 桐島さんのご家族がこちらに……。

 今までそんな素振りはなかったですし、きっと久しぶりの団らんなのでしょう。

 なんだか微笑ましいですね。


「別に来なくていいんだけどなぁ……。もう高校生だし、誕生日を祝われるような歳でもないだろ」


「そんなことはありませんよ。いつになっ……て、も……え?」


「どうした? そんな鳩が……えっと、なんだっけ? ガトリング? 食ったような顔して」


「豆鉄砲です。じゃなくて……今なんと言いましたか!?」


 なんだか聞き捨てならないことをさらっと言われたような気がします。


「え? 親が来る」


「そのあと」


「泊まってく」


「そのあと。もうちょっとあとです」


「……誕生日、祝われるような歳じゃない」


「誰が?」


「俺が」


「えっと……いつですか?」


「八月五日」


 なるほど。なるほど。

 情報を整理しましょう。


 桐島さんのご両親がこちらにやってくる。それは桐島さんのお誕生日を祝うため……と。

 そして今日は八月一日。そして……桐島さんのお誕生日が五日。


 ……えっ!?!?

 もう一週間切ってるじゃないですか!?


 私、なんにも準備していませんよ。

 そもそも誕生日だって初耳です。


「ど、どうして言ってくれなかったんですか……っ?」


「聞かれなかったから」


 そ、そうでした。

 桐島さんはそういう人でした。さっきそういう人だと再認識したばかりでしたよ、もう……っ。


 え、えっと……やばいです。

 どうしましょう。夏休みを満喫することしか考えてませんでした。


 誕生日プレゼントも選ばなければいけませんし、ケーキを手作りしたいです。

 うぅ、時間が……!


「桐島さん、甘いものは苦手じゃなかったですよね?」


「ん、おお。普通に好きだぞ」


「では、誕生日のケーキは私が用意します。当日に出来上がるように作りますので、ご両親にもそのようにお伝えしてください」


 最優先はケーキ。

 プレゼントは……桐島さんのほしいものとかまったくリサーチできていないので困りました。

 とりあえずラッピング用のリボンだけは確保しておきましょう。

 間に合わなかったら……いえ、それは最終手段です。


「桐島さん、ちょっと一人で行動することが増えますが、ちゃんと帰ってくるので安心してください」


 本格的なお菓子作りはこちらより私の家でやった方がいいでしょう。

 プレゼントも確保して、ご馳走の用意まで間に合わせたいですが……!


「ちなみに私の誕生日は三月三日です。雛祭りの日なので、みかみひなで覚えてください!」


「おお……すげぇ分かりやすいな」


「まだ先の話ですが、ちゃんと祝ってくれないと怒っちゃいますからね」


「肝に銘じておくよ」


「はい。では、早速ですが私は買い出しに出かけます。桐島さんは……遊びに行きたい場所でも考えておいてください!」


 突然のカミングアウトではありますが、誕生日の話題になったいい機会なので、私の誕生日も伝えておきましょう。

 私はちゃんと伝えたので、ちゃんと準備してくれることを期待してます。

 これでもし祝ってもらえない、プレゼントがもらえないなんてことがあれば……その時は桐島さんがプレゼントと化します。むしろそれでもいいかもしれません。

 やっぱり私も……いやいや、少しですがまだ時間はあります。それは最終手段です。


「絶対喜ばせてみせます……っ!」


 さて……いきなり忙しくなってしまいましたが、料理や製菓は腕の見せ所ですね。

 三上陽菜、せいいっぱい頑張ります……!

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