第70話 保護猫

 七月最終日。

 ペンを置き、問題集を閉じる。

 これはやるのを諦めたとかではなく、完全な終わりを意味する。


 計画通りに宿題が片付いた。


「お疲れ様です。よく頑張りましたね」


「三上さんもな。お疲れ様」


 二人で掲げた目標である、八月に宿題という名の敵を持ち越さない。つまりは七月中での完全討伐。それをなんとか達成することができ、俺は机に向かいっぱなしで凝り固まった肩をぐるぐると回して、ノートや問題集、プリントなどの整理を始めた。


 夏休みの宿題というだけあって量もかなり多かったが、基本的には一学期で習った内容の総復習のようなものなので、授業を理解できていればそれほど難しくはない。

 そのため、一番の敵は自分と言うべきか。勉学のための学校という場所から解放された環境で、いかにして自分を律し、だらけず集中できるかが大事だったと思う。


 そういう意味では三上さんは……すごく自由奔放だったと思う。喜怒哀楽が激しいというか、落ち着いている時とそうでない時の差が激しすぎて別人のようにも思えたくらいだ。


 俺より宿題の進みがいいくせに、多すぎる課題量に突如キレ出して不機嫌になるのはご愛嬌。その不機嫌を解消するために俺を巻き込んで長々としたリフレッシュタイムを取ることもしばしば。


 それが済んだらご満悦の様子で宿題を処理する勢いを取り戻すし、挙句の果てには頑張ったご褒美と称した何かを必ず要求してくる。


 そんな風に三上さんを甘やかしながら宿題を進めなければいけないのは中々なマルチタスクだった思う。

 でも、それもいい休憩だったと思うし、三上さんに支えられている面も多々あった。結果的に無事終えることができたのだから、終わりよければすべてよしということだろう。


「桐島さんがいっぱいご褒美をくれるので宿題がとても捗りました。ありがとうございます」


「いいよ。俺もいい気分転換になったし」


「ですが……宿題が終わってしまいました……」


「いいことじゃないのか? なんでそんな残念そうなんだよ?」


「うぅ……夏休みの宿題を頑張っているというご褒美を強請る大義名分がなくなってしまいました。これから何を理由にしてご褒美をもらえばいいのでしょうか?」


 宿題を終わらせてハッピーなはずなのに、浮かない表情の三上さん。その理由はなんともまあ彼女らしいというか……。まあ、確かに宿題はやれば終わるし、目に見えて進捗が分かるいい指針だった。そういう意味では三上さんとしてもご褒美をねだりやすかっただろうし、俺としても断りづらかった。


 でもまあ、三上さんは常日頃から頑張っていると思う。

 それこそ、毎日の家事とかおいしいご飯を作ってくれたりとか、主に生活面でものすごく支えられている。

 ……お嫁さんかな?


「三上さんはいつも頑張ってるし、ご褒美に理由なんて必要ないだろ」


 ご褒美というが何も特別なことをしているわけじゃない。

 ナデナデしてほしい。抱きしめてほしい。匂いをかがせてほしい。今着ている服を脱いで寄こしてほしい。背もたれになってほしい。添い寝してほしい。頭を洗ってほしい。髪を乾かしてほしい。マッサージをしてほしい。などなど……。


 あれ……?

 もしかしなくても結構特別なことしてるか?

 まあ……いまさら気付いたところで手遅れだからいいけど。俺の常識はとっくに三上さんの手によって歪められている。気付いて直そうとしたらまた教育されてきっと元通りにされてしまうので、別に感覚がマヒしたままでもいいかなと思っている。


 そんなわけでご褒美といってもいつもと違うことはしていない。

 だから、宿題を頑張ったという大義名分がなくとも、三上さんはこれらを要求してくるし、俺はきっと応えてしまう。

 つまり、宿題が終わっても三上さんが困ることは何もないのだ。


「宿題を頑張ってなくてもご褒美をくれるんですか……?」


「じゃああげない」


「そんな暴挙は到底許されません。虐待はよくないですよ、桐島さん」


「じゃあどうすればいい?」


「ご褒美をください」


「ほら、結局こうなるじゃん」


 片付けをしている俺の周りをぴょんぴょん跳ねながら覗き込んでくる三上さんとの不毛なやり取りがすべてを物語っている。

 ご褒美をねだれなくなる心配をしておきながら、ご褒美を諦めるという選択肢がないのだから、その悩みも無意味だ。


 むすっとした表情がよく似合う。

 おねだりが本当に上手なんだよな、この子は……。


「ご褒美は普通にやるから落ち着けよ。片付けが終わらん」


 俺の視界にとにかく入るようにぴょこぴょこ動き回って進路妨害をしてくる三上さん。

 動物系の動画などでよく見る、足元をちょろちょろしてつきまとってくる猫みたいだな。


 ああいうのって、手を出さないと決めていてもあまりのかわいさに根負けして撫でてしまうんだよな。一度撫でてしまったあまりメロメロにされてしまって、そのまま保護してしまったというのもよく見る流れだ。

 つまり、何が言いたいのかというと……。


「えへ、えへへへへ。もっとぉ……」


 根負けするのにかかった時間、僅か二秒。

 気付いた時には三上さんの頭に手が伸びていて、ナデナデをしている俺がいるではないか。

 かわいい。保護したい。

 同棲はしてるけど。


「ほら、これ片付けてくるからちょっと大人しくしててくれ」


「やっ」


「そうか。嫌かぁ……」


 まあ、あれだな。

 一度撫でてしまった俺が悪いか。

 こうなったら仕方ないので……このかわいい黒猫の気が済むまで甘やかすしかなさそうだ。


 ◇


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