夏休み
第67話 夏休みの始まり
夏休みの始まりは三上さんの同棲宣言によって幕を開けた。
本来ならばそういうのはきっぱりと断るべきなのだろう。まだ高校生。まだ付き合ってもいない男女。間違いがあってはいけない。拒む理由を探せばいくらでも見つけられる。
でもなぁ。
三上さんには合鍵を渡してしまっていて、朝晩問わず侵入されて好き勝手されている。同棲を拒んで生まれる違いは、三上さんが一時帰宅するか否かという些細なものだろう。
家に家族がいて、帰りを待っているともなれば、親が心配するから帰れと強く言うこともできたが、三上さんも家庭の事情で一人暮らしになってしまった。極論、帰らせる理由がなくなってしまった。
まあ、それがなかったとしても三上さんのことだ。
俺がなんと言おうと居座ろうとするだろう。そんな嫌な信頼がある。
それにしても――こんな美少女と同棲することになるとは、人生何が起きるか分からないものだ。
偶然だとは思うが、ここまで手際がいいと作為的な何かを感じる。まるで同棲することに備えて、俺の家を三上さん好みに改造していたのではないかと勘繰ってしまう。
「いつから……この計画を企んでいた?」
「企むなんて人聞きが悪いですね」
「あまりにも準備がよすぎる。キャリーバッグ一つ持ってやってきて、十分すぎるほどに三上さんが過ごす環境が整えられている。前もって計画を練って、俺にバレないように少しずつ準備を進めていたんじゃないのか?」
「ふふ、前もって私が一人暮らしすることが分かっていたなら、こんなまどろっこしいことしませんよ。コツコツやらずに一撃で仕留めます」
それもそうか。
というか一撃で仕留めるって怖いな。なんの話をしてるんだ、これ。
とにかく、始まってしまうものはしかたないとして……とりあえず三上さんをどうしようかな。
「部屋はどうする? 一応使っていない部屋があるから、好きに使ってもらって構わないが……」
「それに対して私がなんと言うか当てるゲームでもしますか?」
「……どうせお構いなくっていうんだろ?」
「正解です。見事正解した桐島さんには私と一緒に寝る権利を差し上げましょう」
知っていたよ。
一部屋やると言っても、なんとなく俺の部屋で過ごそうとするのは分かっていた。
あと、一緒に寝る権利を差し上げるってなんだ。そんなんもらわなくても勝手にベッドに潜り込んでくるんだから、むしろそれは俺の権利ではなく三上さんの権利だろう。
「まあ……三上さんが何をキャリーバッグに詰めて持ってきたのか知らんが、それがなくても大体生活できる準備は何故かできているからな」
「不思議なこともあるもんですね」
「だったらもっと不思議そうにしろ」
「……いいじゃないですか。今から慌てて準備するとなった方が大変なんですよ? むしろ桐島さんはとっくに準備を済ませていた私を褒めて甘やかすべきです」
「あとでな」
「あとっていつですか? 五秒後でもいいですか?」
「よくない」
相変わらず通常運転の三上さんが甘えてくれるのは非常にかわいいのでいつまでも構っていたくなるが、まだその時ではないと思う。
「おや、それは……夏休みの宿題ですか。随分とたくさんですね」
「三上さんも同じ量出てるだろ」
「そうですね。計画的に終わらせましょう」
「三上さんは勉強とかはどこでやるんだ?」
「桐島さんのお膝の上でやります」
「……それ集中できんの?」
「できます。安眠です」
寝てるじゃん。睡眠学習するつもりかよ。
やっぱり空いてる部屋を三上さんの部屋として使わせた方がいい気がする。
三上さんがお構いなく言うのは結構だが、さすがにプライベートな空間はあった方がいいだろ。
リビングで勉強はできるだろうし、睡眠も俺の寝室で済ませようというのが透けて見えるが、思春期の女子高生。まったくプライベートがないのも考え物だ。
「一部屋やるから使えよ。プライベートな空間もないとしんどいだろ」
「……なるほど。桐島さんも男の子ですからね」
「おい、やめろ。それはそうだが、変な邪推はするな」
「おや、私は桐島さんが男の子だなと思っただけですよ? それを邪推だなんて……いったい何を考えてしまったのですか?」
三上さんにプライベートの空間がないということは、俺のプライベート空間もなくなると同義。そういう意味では三上さんのにやにやした顔は癪だが、否定はできない。
俺だって男だからな。
四六時中超絶かわいい女の子と一緒では困る時もあるわけでして……。
そういうところ分かっているのか知らないが、普段から三上さんに言いたいこととして、男子高校生の欲求を侮ることなかれ、というのがある。いまさらだとは思うが。
一応気遣いのつもりだったが、思わぬ形でカウンターを受けてしまった。
たとえ事実でもムカつくものはムカつくので……ちょっとした反撃はしておこうか。
「……あとで甘やかすのナシな」
「ごめんなさい。なんでもするのでそれだけは……!」
「ぐぇ」
あまりにも素早い謝罪。
高速で頭を下げて俺の胸にヘッドバットを繰り出してくる。
分かった。甘やかすから。
あと、女の子がなんでもするなんて軽々しく言うなよ。
そういうところ、警戒心がないというか、無防備というか……まぁ、それもいまさらなんだけどさ。
「じゃあ……この後暇か?」
「……? はい、特に予定はありませんが」
「買い物に行こう」
「買い物ですか? それは構いませんが……何かほしいものでもあるのですか?」
「いや、普通に食材の買い足し。今日の晩御飯は豪華にしよう」
「何かいいことでもありましたか?」
「……さぁな」
いいこと、なんだろうなとは思う。
でも、言ってしまうと三上さんが調子に乗ってしまうので、言わないでおこう。
「なんでもしてくれるんだろ? なら今日のご飯は豪勢に頼む」
「分かりました。腕を振るって作ります。桐島さんの胃袋を鷲掴みにして、握り潰せるよう頑張りますねっ」
怖いよ。
あと、もうとっくに胃袋は掴まれてるから、それ以上力を込めないようにしてください。
「あの……掴むだけにしてくれない?」
「善処はしますよ。買い出しの荷物持ちと調理補助、お願いしますね」
「荷物持ちはともかく、料理の方ではまだ役にたてんぞ」
「後ろから抱きしめてくれるだけでいいですよ?」
「それ、調理補助か? 料理中だし危ないだろ」
「ふふ、お構いなくです」
「構いなさい。危ないからやらないからな」
ちょっとしたお祝いでこの夏休みの始まりを飾ろうと思っただけだが、あまりにも危ない提案をしてくる三上さんにヒヤヒヤする。
でもまあ……三上さんらしいか。
そんな言葉で片付けてしまう俺も随分と毒されてしまっていると、改めて思う今日この頃だった。
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