第65話 事後承諾の同棲
七月もあっという間に終盤に差し掛かり、皆が待ち望んでいた夏休みが訪れようとしていた。
期末テストという夏休みを阻む最大の障壁も乗り越え、終業式を迎え夏休みは目前。誰もが浮かれている。
ちなみに期末テストでは特に賭けなどは行わずに至って普通に挑んだ。ギャンブルが発生した途端に謎のドーピングを発揮する三上さんに挑むのは無謀だと判断したまでだ。
ドーピングがなくとも成績優秀な三上さんはまたしても学年一位を収めていた。まぁ、自慢ではないが三上さんの努力を最も近くで見てきたという自負はある。
クラスは違うため普段の授業の様子などは分からないが、真面目に取り組んでいる姿しか想像できない。さすが三上さん、略してさすみか。
そして、テストを除けば一番の関門と言っても過言ではない終業式のありがたくもない校長先生の長話。全校生徒を体育館に集めているだけあって蒸し風呂状態だというのに、なぜ話を短く切り上げない。夏休みを前に死人出すつもりなのだろうか。
何人の生徒を倒すことができるかのノルマでもあるのかと思うくらい長々のんびりと話してくれたが、見兼ねた教頭先生によって校長は壇上から引きずり降ろされた。その瞬間は生徒達から拍手喝さいが巻き起こっていた。
そんな命がけの終業式を経て、無事一学期が終了となる。
珍しく一人で帰宅した俺は、大量の宿題を整理しながらどのように処理していくか計画を立てていた。
夏休みの宿題を最後まで取っておくなんてことはしない。
面倒なことはさっさと終わらせるに限る。
「さてと……三上さんが来る前にシャワー浴びておくか」
三上さんは……今頃何をしているのだろうか。
何かと俺に構ってくれる三上さんだが、友達も多いだろうし予定を聞かれたり、予約されたりしているのだろうか。
三上さんには三上さんの人付き合いがある。俺がどうこう口を出せる立場ではないが……今この瞬間にも誰かに言い寄られているのかと思うと、少し複雑な気持ちだな。
そんな嫉妬染みた考えも汗と一緒に流してしまおう。
どのみち三上さんがやってきてからでは安全にシャワーを浴びることはほぼ不可能なので、このチャンスを逃す手はなかった。
「ふぃー、さっぱりした」
「一人でシャワーなんてずるいじゃないですか。どうして待ってくれなかったんですか?」
「……仮に待ったとしても一緒には入らんぞ」
「また頭と身体を洗ってくれるって約束したじゃないですか」
「いや、してない。存在しない記憶やめてくれ」
シャワーを終えるといつの間にかやってきていた三上さんが不貞腐れた様子で膝を抱えていた。
シャワーをするのに三上さんを待つ必要はないし、そのような約束をしたこともない。あと、頭はともかくとして身体まで洗ってあげたことはないので存在しない記憶を捏造するのは止めていただきたい。
「それにしても……思ったより早かったな。夏休みの予定は埋まったか?」
「桐島さんとの予定で埋まるので、スカスカにしておきました」
「おい、友達付き合いそれでいいのかよ」
「友達だからといって必ずしも遊びに行く必要はありませんからね」
なんとまあ……三上さんらしい。
そういう自分を貫き通す姿勢もまたさすみかである。
「ところで……そのクソでかいキャリーバッグはなんだ? 旅行でも行くのか?」
「そうですね。桐島さんと温泉旅行に行こうかなとは思っています」
「初耳なんだが?」
「そりゃ、今言いましたからね」
あえて触れないようにしていたが、三上さんに傍に鎮座している大きなキャリーバッグの主張が激しすぎてつい尋ねてしまった。
そしたら温泉旅行とかぬかすではないか。普通そういう大きめのイベントは相談が発生するのではないかと強く思う。だが、勝手に決めるのも三上さんらしいし、なんだかんだ実施までこぎつけられてしまうんだろうなと感じる。
だが……それにしては荷物が多い気がする。
温泉旅行もでまかせというわけじゃないと思うが、まだ何かを隠している気がする。
「で……それなに?」
「お泊りセットです」
「え……多くね? 何日泊まるつもりだよ」
「とりあえず三年ほど泊めてもらおうかなと思っています」
「……冗談だよな」
「いえ、至って大真面目です。不束者ですが何卒よろしくお願いします」
そう言って綺麗なお辞儀をする三上さんに困惑した。
冗談じゃなくて、本当に真面目な話なのだろうか。
「もう一度聞くけど、ガチ?」
「ガチです」
「いや……何事?」
「親が海外出張に行ってしまいました。なので、一人でこちらに残された私はとても寂しいので桐島さんのお家に住み着くことに決めました」
「全部過去形じゃん」
三上さんの親が海外出張になったという重大発表も過去形だし、三上さんが俺の家に住み着く決意をしたのも過去形だ。
色々ツッコミどころが多すぎて何から手を付けていいのか分からない。
「まあ、簡単に言ってしまうと、私も一人暮らしすることになってしまったので、桐島さんのお家に住み着くことにしました」
「決意表明ありがとう。とりあえず……それは分かった。分かったけど分からん」
三上さんの言い分は分かったけど、あまりに唐突すぎて理解が追い付かない。
一つずつ情報を処理しよう。
三上さんの親が海外出張。それに伴って三上さんの一人暮らしが始まる。ここまではいい。俺の家に三年泊まる、つまり住み着く。これはもう決定事項なのだろうか?
「桐島さんは私が住み着くのに反対なんですか?」
「いや……反対はしない。しても無意味だろ」
「そうですね。意地でも住み着くので」
どうせ、言い出したら止まらない。
住み着くのを拒否したところで合鍵を渡している都合、実質無限お泊りも可能なわけだ。
だから反対はしないし拒みもしないが……そういうのはもっと事前に教えてほしかった。
こんな事後承諾の同棲ドッキリみたいな形で押しかけなくてもいいのにとは思う。
「まあ、それはそれとして事情はちゃんと話せ。じゃないと泊められない」
「お構いなく」
「三上さんがお構いなくでも俺が構うの」
「……仕方ありませんね。ちょっとだけですよ?」
「なんで三上さんが譲歩する側なの? 俺だからね?」
とにかく詳しい事情を聞かないことには始まらない。
三上さんの押しかけによって幕を開けた波乱の夏休み……早くも先行き不安だ。
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