第6話 休日エンカウント

 三上さんに昼休みは俺のベストスポットを半分奪いに来るという宣告を受け、俺もそれを了承した次の日。それは学校のない土曜日だった。

 入学してまだ一月も経っていないのに学年一の美少女と名高い彼女と毎日顔を合わせることや、それによって発生する噂など諸々に関する覚悟を決めたはずなのに、その翌日が休日で顔を合わせることもないとは何とも拍子抜けだ。


 まあ、三上さんにボッチを脅かされるのはいい。だが、教室にいる息苦しさのようなものは感じないとはいえ、美少女を意識してしまうドキドキ的な意味で心(心臓)が疲れるのも事実。

 休日くらい心の平穏が保たれてもいいはずだ。


 とはいえ、特に予定はない。

 この休日にやらなければいけない宿題の類は昨日の夜に終わらせている。

 せっかくの休日を無意味にだらだら過ごすのも悪くないが、せっかくだし外をぶらつくことにした俺は着替えて軽く身だしなみを整え、財布など必要なものを詰め込んだ鞄を片手に家を出た。


 とりあえず最寄りの駅までやってきたものの、電車に乗り込んでまで行きたいと思う場所は……特に思い浮かばない。まだ春先で比較的過ごしやすい季節だが、太陽が高く昇っている昼過ぎに出てきてしまったからか、外を歩いているとうっすらと汗をかいてくる。少しでも熱を逃がすために胸元をパタパタと仰ぎながら周囲を見渡し逃げ込む建物へとロックオンする。よし、君に決めた。


「ふぅ、涼しい」


 自動ドアをくぐり、店内の冷房をその身いっぱいに浴びて思わず声を出してしまった。

 俺の選んだ避難先は駅近くの本屋。これといってほしい本などはないが、ぶらりと棚を眺めながら気に入るかもしれない本を探す。この一期一会の時間が何気に好きだったりするのだ。


 惹かれる表紙でも惹かれる一文でも何でもいい。俺の感性をくすぐり、思わず手に取ってそのままレジに持って行ってしまいそうな一冊を探してぶらつく。

 そんな時、一人の女性客が棚の上の方に必死に手を伸ばして背伸びしているのが見えた。


 ……あの調子だと届きそうにないな。頑張ってはいるものの手が目当ての本に届く様子はまったくない。辺りを見回しても台になるようなものもないし……仕方ない。取ってあげるか。


「んっ、と。これでよかったですか?」


「はい、ありがとうご……って桐島さん?」


「三上さん? 何でっ?」


「何でって……それはもちろん本を買うためですが」


「……そりゃごもっともで」


 何の因果だろうか。本が取れなくて困ってる人を助けてあげたと思ったらそれがまさかの三上さんだったとは……。普段は学校の制服姿だが、今日は土曜日。当然彼女も私服姿でやってきている訳で、新鮮さを感じる。派手さはなく落ち着いた服装が彼女のクールな印象とマッチしており、正直言ってめちゃくちゃ綺麗でかわいい。視線が勝手に釘付けになってしまう。


「何ですか?」


「いや、その服……似合ってる」


「あ、ありがとうございます」


 おい、俺はいったい何を口走っているんだ。こんな待ち合わせ場所にやってきた彼女の服をとりあえず褒めるみたいなカップルっぽいこと……。まじで似合わない。いや、三上さんの服は似合っててかわいいけど。


「桐島さんも何か本を買いに?」


「そうだな。最初は涼むつもりで入ったけど、せっかくだから一冊買っていこうと思ってる。三上さんのそれは……恋愛小説か」


「はい。この作者さんのシリーズ物が好きで新刊が入荷したら必ず買うようにしているんです。桐島さんはどのようなジャンルを読まれるんですか?」


「俺か? 俺は基本雑食だな。表紙、帯、タイトル、あらすじ、そういった断片的な情報で気に入ったのを手に取るようにしてるんだ。ま、要は気にいれば何でも読むってことだな」


「…………そうですか。でしたらこちらはいかがでしょうか?」


 俺の読書スタイルを知った三上さんは少し悩む素振りを見せたが、すぐそばの棚から一冊の本を抜き取り俺に差し出してきた。見たところ恋愛小説のようだ。


「恋愛小説を男性におすすめするのは変かもしれませんが……私の好きな作者さんの一冊です。もし苦手じゃなければどうですか?」


「別に男が恋愛小説読んでたら変って訳じゃないだろ? 何を読もうが個人の自由だ。せっかくおすすめしてもらったし、それ買うよ」


「そうですか。読んだら感想を聞かせてください」


 三上さんが差し出すそれを受け取ると彼女は安心したように微笑んだ。確かに男が手に取るには敷居が高いジャンルかもしれないが、一応齧ったこともあるジャンルだ。一人で読む分には何も問題はないし、最悪学校などに持っていく際はブックカバーをかけておけば何を読んでいるかなんてバレやしない。


「ああ、分かった。じゃあ、買ってくる」


「あ、私も行きます」


 俺はその本を持って会計へと向かった。

 三上さんも他に買う予定のものはないみたいで、後ろを着いてくる。

 お互いに会計を済ませ、店の外に出るとまだ日が高く昇っていて、容赦なく俺達を照らす。


 思ったより時間を潰せなかったな。いつもだったらかなりダラダラ眺めてめちゃくちゃ時間をかけて本を選ぶのだが、今日は三上さんのおすすめで決めたから時間がかからなかった。

 さて、これからどうすっかな。


「……桐島さんはこの後何か予定が?」


「いや? 特にはないけど」


「でしたら、私に付き合ってくれませんか?」


 え……………?

 …………………はぁ!?


 ◆


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