第5話 噂と自分の気持ち
放課後の訪れを告げるチャイムが鳴る。
ホームルームが終わって各クラスから下校する生徒、部活に向かう生徒、違うクラスにいる友達の元に向かう生徒などで廊下はごった返す。
そんな人混みの群れに突っ込むのが嫌だったからいつもさっさと抜け出して颯爽と帰宅ムーブを決めていたのだが、今日は教室を出ようとして立ち上がった時に机の中に鞄にしまい忘れた物があることに気付いて理想の帰宅ムーブに失敗してしまった……。
忘れ物を鞄に詰め込み、廊下を見つめて小さくため息を吐く。
一歩で遅れたことで廊下は既に混雑しつつある。
だがこうなってしまったら仕方ない。
廊下にいる人が掃けるまでは大人しくここで待っていよう。
そう決めた俺は机に突っ伏して寝たふりモードでやり過ごすことにした。
こうしていると生徒の上履きが廊下の床を叩いたり擦ったりする音がよく聞こえる。
昇降口の方に向かう足音、そうでない足音、混ざり合う音が奏でる不協和音が徐々に小さくなっていくの待っていると、俺のクラスの前で話しているだろう声が耳に届いてきた。
「なあ、お前知ってる? 2組の三上さん、めちゃくちゃかわいくない?」
「だよな! めっちゃかわいいよな!」
「俺、ちょっと狙ってみようかなって思ってるんだよね」
「はあ、お前が? やめとけって。既にもう何人もの男が振られてるって噂だぞ」
「そうなんだよなー。実際に俺の友達も振られたって話だから、多分その噂本当なんだよな……」
三上って……あの三上さんだよな。
2組って言ってたから合ってるはず。
てかこんな人混みの中で堂々とよく話せるね、君達。
しかし、やっぱりモテるんだな三上さん。
俺も実際に告白現場に居合わせて、振られるところを目の当たりにしてしまったし、その噂も本当なんだろうな。
「なあ、その噂繋がりなんだけど、三上さんに気になる人が居るかもって噂、俺2組の友達に聞いたんだけど……!」
「はあ、マジ? 誰よ、それ」
「いや、そこまでは分からないんだけど、何でも三上さんが最近昼休みになるといつも教室を抜け出してどこかに行くらしい。お弁当らしきものを持って出ていくのを見たっていうから誰か気になる人……っていうか付き合ってる人と食べてるんじゃないかって噂」
「はー、マジかよ」
「げほっ、げほっ……」
そんな話が聞こえて俺はむせてしまった。
え、何。そんな噂が出回ってるの?
え? マジ?
「1年? それとも先輩?」
「さあな? でも入学して間もないのに先輩からの告白もあったみたいだし、その可能性はありそうだよな」
「さすが高嶺の花」
「マジそれ。あ、そういや今週発売のゲームなんだけどさ――――」
彼らの話題は変わるがそれと同時に声量も遠ざかっていく。
こっそりと聞き耳を立てていただけなのに、やけに心臓の音がうるさく聞こえる。
まさか、そんな噂が出回っているとは……。
これを知ってしまった俺は……どうすればいいんだろう?
翌日。普通に授業を受けて、当たり障りのない日々をやり過ごす。そして昼休みになっていつもの場所へと向かうと…………やっぱりいた。
「こんにちは桐島さん。今日もいい天気ですね」
「……ああ、うん。もう驚かないよ」
「何か驚く要素がありましたか?」
「いや、こっちの話」
さも当たり前のように俺のベストスポットにやってくる三上さん。だが、もうそれにいちいち大袈裟な反応はしない。
……なんたって『また』って言っちまったからな。
俺は彼女の隣に腰掛け、コンビニ袋から今日の昼飯を取り出した。
本日の俺の糧となる焼きそばパンの包装を雑に破り、パンにかじりつくとソース焼きそばの味が口に広がった。
ちらりと三上さんの方に目をやると、今日も相変わらず彩り豊かでおいしそうなお弁当を持って来ている。
あんまり見ていると欲しくなってしまうので慌てて目を逸らしてパンを頬張る。
ただそれだけのいつもと変わらない時間なのに、妙に緊張してしまうのは昨日の噂話を耳にしてしまったからだろう。
「どうかしましたか?」
「へっ? いや……何でもないけど」
「でも、先程から私の方を何度も見てますよね? もしかして私の顔に何かついてますか?」
あまりにも頻繁に目線をやるもんだから怪しまれてしまっている。
「いや、本当に何でもないよ」
「嘘です。正直に言ってください。ちゃんと話してくれるまで聞き続けますよ」
「ええ……」
噂の件で俺が一人で勝手に意識してしまっているだけなのだが、誤魔化そうとしても三上さんはやけに食い下がってきて問い詰めてくる。
この言うまで聞き続けるというのも彼女の表情から察するに冗談ではなさそうだ。
これは……観念して白状するしかないか。
「えっと、昨日三上さんの噂を聞いちゃってさ」
「私の噂ですか?」
「三上さんってさ……その、めちゃくちゃかわいいしモテるじゃん? 俺が助けた時だって告白されてたし……。そんな三上さんがここ最近昼休みになるとお弁当を持って教室から出て行くから、その……誰か気になる人、もしかしたら彼氏と一緒に過ごしてるんじゃないかって噂されててさ」
「それは……」
「だからさ、俺とはもう会わない方がいいんじゃないか? こんな陰キャでボッチな俺と噂されるなんて三上さんも嫌だろ? 俺と一緒にいると多分迷惑がかかる」
話していると俺の中のどこか浮ついた気持ちとほんのり胸に宿る熱がスーッと冷めていくのが感じられた。
そうだ。そうだった。この関係をどこか心地よいと思う俺がいたから見て見ぬふりをしていたが、俺は高校デビューに失敗したボッチ陰キャに対して、三上さんは高嶺の花。
本来交わるはずのない二人が何の因果か一瞬交差してしまっただけなのだ。
だったらもう、分かるだろ? 線と線が交わるのは一点のみ。あとは別々の方向へ向かっていくのみなんだ。
「それは誰が決めた事なんですか?」
「……え? はっ?」
「だから、誰が、いつ、どこで、桐島さんといるのが嫌だと言ったんですか?」
「それは……でも、周りの奴らが」
「周りって何ですか? そこに私の気持ちは関係あるんですか?」
「三上さんの……気持ち?」
「そうです。私が仲良くしたいと思ったあなたと仲良くしようとすることはそんなにおかしいことですか?」
三上さんは少し怒ったような表情で、声のトーンも低くして、俺を問い詰めてくる。彼女の剣幕に何も言い返せずに俺は黙ったまま目を逸らした。
「すみません。少し取り乱しました。ですが、私は私の意思でここに来てます……。それは、私がそうしたいと思ったからです」
そうか。そうなのか。それは……素直に嬉しい。
でも。だとしても。こうして密会するかのようにこそこそ集まり続けるのはお互いにリスクがありすぎるんじゃないか?
「桐島さんの本当の気持ちを教えてください」
俺の本当の気持ち?
「もしあなたがもう私とは会いたくない、迷惑だというのならばもうここに来るのはやめにします。でも……そうじゃないのだとしたら、本心を聞かせてください」
は、はは。ここに来るのはもうやめる?
俺がたった一言、「迷惑だ」というだけで、一人に戻れる?
そんなの悩むまでもない。そのはずだったのに。
その一言が絞り出せない。喉からでるのは掠れた空気だけでそれは意味のある言葉にならない。
どうして? なんで? …………そんなことはとっくにもう分かっていた。
「別に……嫌じゃない。迷惑だなんて思ってない」
だって、この関係を。この距離感を。心地よいと思ってしまったのだから。
たった数回、隣に座って一緒にご飯を食べた。ただそれだけなのに、そう思ってしまったんだ。
「そうですか。だったら私はまたここに来ます。周囲の人たちが何と噂しようと関係ありません」
「……強いな、三上さんは」
俺は自分の都合で三上さんを遠ざけようとした。三上さんが俺と噂されるのが嫌だろうと決めつけて、距離をおこうとした。でも、本当は俺が噂されるのが恐かった、ただそれだけなのだ。
だが、もうそんなことで悩むのはやめだ。
三上さんが教えてくれた。本当に大事なのは自分の気持ちなのだと。
「俺も覚悟を決めた」
「……何の覚悟ですか?」
きょとんとした顔でこちらを見つめる三上さん。
とても可愛らしいが、こういったことを無自覚にやってのけるところが侮れない。
「あの……三上さん? あなた、めちゃくちゃカースト高いの自覚してますか?」
「カースト? 何のことですか?」
「周りから高嶺の花って言われてるんだよ」
「そういえばさっきもそんなこと……なるほど。ちなみに先程私のことをめちゃくちゃかわいいと仰ってましたが、それは一般的に見てでしょうか? それとも……桐島さんもそう思いますか?」
は? なんか思わぬところから流れ弾が飛んできたんだが?
何この公開処刑みたいなやつ。本当に言わなきゃいけないやつですか?
「え……ああ。すごく、かわいい……と思います」
「ありがとうございます。嬉しいです」
少しもじもじしながら耳まで真っ赤に染めて、それでいて太陽のように笑うのは反則なんじゃないですか……?
正直可愛すぎて直視できんかった。
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