第4話 まだ終わらない関係

 こうして俺と三上陽菜との間に発生した僅かな接点は三上陽菜のお礼を俺が受け取ったことで消えた。

 そう、きれいさっぱり消えたはずなんだ。


 そのはずだったのに――――


「何でいる!?」


「いきなり大声で何ですか。それに質問の意味がよく分かりません」


 何故か今日も彼女は俺の目の前に姿を現した。

 意味が分からない。

 どうしてこうなったのか何度も頭を巡らせて考えても分からない。


「……えっと、三上さんは何でここに……?」


「おかしなことを聞きますね。ご飯を食べるためですが」


「……あっ、そう」


 ここは俺のお気に入りの場所だったが、彼女も気に入ってしまったのか。

 だったら俺はここを諦めなければいけない。

 どこか他の場所を探すか……。


「……どこに行くつもりなんですか?」


「ん? ああ、先客がいるっていうなら他の場所を探そうと思ってな」


「ここで一緒に食べるっていう選択肢はないんですか?」


「……あー」


 どうしたものか。

 元はといえばここは俺が一人で昼飯を食うために見つけた穴場だ。

 それが俺のしてしまった人助けの結果、こうして連日同席する人ができてしまった。


 はっきり言って一人の方が気が楽なのは確かだろう。

 一人になりたくて教室から逃げ出した俺の行き先がここだったのだから当然だ。

 それでも、それでもだ。


 三上さんがいて、一人が二人になったことで、慣れがなく落ちつかなかったのは認めよう。

 だが、決して嫌ではなかったのも本当だ。

 彼女といるのに、教室でいる時に感じるような息苦しさは感じない。


「どうしますか?」


「ああ、分かったよ」


 ジッと俺を見つめてくる三上さんの手のひらで踊らされているような気もしなくはないが、現状他に行く場所も、心当たりもない俺は、この場所を諦めることを諦めて彼女の隣に腰掛けるしかなかった。


「桐島さんはまたそれだけですか。パンだけだと栄養偏ってしまいますよ。よかったら私のお弁当のおかず、食べてください」


「いや、いいよ。もらってばっかだとなんか申し訳ないし…」


「気にしないでください。遠慮なさらずに好きなのをどうぞ」


 そう言って三上さんは俺に弁当箱を差し出してくる。

 また今日もおいしそうなものがたくさん詰まっていて、正直言って魅力的だ。

 そんな悪魔的な誘惑に勝つことのできなかった俺は、彼女の言葉に甘えることにして手を伸ばす。


「じゃあ……卵焼き、一個もらうな」


「はい、どうぞ。卵焼き、好きなんですか?」


「いや、卵焼きがっていうより、この味付けが好きなんだ。甘い味付けのがな」


「そうなんですか。ふふ、お揃いですね」


 お揃い……お揃いか。

 彼女もこの味付けが好きだから、甘い卵焼きを作ってお弁当に入れてきているのだろう。

 基本的に三上さんのお弁当箱は三上さんの好きなもの好きな味で構成されているはずだから、その中身を俺が気に入ってしまうということは、好みのものも似ているということか……。

 そう考えると確かにお揃いなのかもしれない。


「えっと、三上さんはいつも自分のお弁当を手作りで用意してるのか?」


「いつもという訳ではありませんが、高校生になってからは手作りするように心がけていますね。あまり手の込んだものは作れませんが、それでも自分の好きなものを好みの味付けで好きなように詰められるというのはいいものです。桐島さんもやってみてはどうですか?」


「俺が料理するように見えるか?」


「いえ、まったく。全然、これっぽっちも」


「……じゃあ何で聞いたんだよ」


「言ってみただけです」


 俺には無理だ。

 料理もしなければ早起きもできない。

 朝早く起きて弁当の用意なんて無理ゲーが過ぎる。


 だからこそ早起きして料理までしてる三上さんは本当に尊敬する。

 彼女はなんてことない、簡単なことしかやっていないとさも当たり前のことかのように口にするが、俺にとっては難題も難題だ。


「卵焼き、うまかった。ごちそうさん」


「はい、お粗末様でした。もういいんですか?」


「ああ、あんまりもらうのも三上さんが食べる分が減っちゃって悪いし、俺の方ももう終わりだ」


 三上さんのお弁当箱からつまみ上げた卵焼きはとっくに俺の胃の中へと姿を消して、俺が持ち込んだ焼きそばパンもたった今姿を消した。

 今頃腹の中で仲良くしてるはずだ。


「前もそうでしたが食事にかける時間が本当に短いのですね。いつもご飯を食べ終わったら何をしているんですか?」


「昼寝か勉強だな。今日は午後の英語の授業で単語テストをやる予定だから、英単語の復習でもするか」


 俺はポケットから単語帳を取り出してパラパラと捲る。

 授業で習った英単語ですぐに覚えられなかったものや、文法が俺の文字で書かれている。

 そうしてもくもくと単語とその意味に目を通していると隣から視線を感じたので俺は顔を上げた。


「……ってどうした?」


「……入学してまだ間もないのにそこまで勉強に打ち込んでいるんですね」


「ああ、そういうことか。ただ単に友達がいないからやることがないってだけだよ」


「……それは、とても悲しいですね」


 ああ、うん。

 自分でも言ってて悲しくなってきた。

 だからそんな憐みの視線を俺に向けないでくれ。泣きそうになる。


「桐島さんって勉強できる方なんですか?」


「どうかな? 普通くらいだと思うけど」


 勉強ができるかどうかとはまた曖昧な質問だ。

 高校での授業はまだ始まったばかりだし、それについては今のところ問題なくついていけている。

 だがそれだけの要素で自信満々にできる方だなんて声を高らかに宣言するのはあまりにも恥ずかしいのでこのような答えしか出てこない。


「そもそも本格的なテストはまだだし、学力もそんなすぐに測れるようなものでもないだろ」


「……それもそうですね」


「とりあえず今のところあるテストといえばこういった小テストの類か、まだ経験したことはないけどもしかしたら抜き打ちテストなんてものもあるかもしれないな」


「あ、隣のクラスの友達から数学の抜き打ちテストがあったと聞きましたよ」


「お、まじか」


 そういった情報は正直助かる。

 先生によって授業進行の仕方やテストのパターンは変わってくるが、抜き打ちがあるかもしれないという情報を知れただけでもかなりでかい。

 さすがに他のクラスの授業をどの先生が受け持っているかまでは知らないから判断のしようがないけど、少しずつ情報を集めて対策を練っていきたい。


 そんな何気ない学校生活の事から話題は広がり、会話に花は咲く。

 だが突然三上さんが何かに気付いたように話を遮った。


「ところでその……私のせいかもしれませんが、あの……手、止まってますよ?」


「……あ」


 初めの内は単語帳を捲りながら行っていた受け答えもいつの間に捲る手は完全に止まっていて、三上さんとの会話を楽しんでいた……?

 このボッチの俺が……?


「そういう私も食べる手、止まってましたね。もうすぐ予鈴がなってしまうので急いで食べてしまわないといけません。あの……予習の邪魔してしまってすみません」


「いや、大丈夫。このくらい全然余裕、タブン。こっちこそご飯食べる手を止めちゃってごめん」


「ここはどちらも悪かったということでお互い様にしましょう」


 三上さんは俺の勉強時間を奪った。

 俺は三上さんの食事時間を奪った。

 そのことに関して謝罪合戦が始まってしまう前に、三上さんの提案を受け入れてお互い様ということにして、残り僅かな休み時間をやるべきことに使う。


 そして予鈴が鳴って教室に戻る際の別れ際。


「今日はありがとうございました。では、また」


「ああ、また」


 そんな受け答えに何の違和感を覚えることもなく、俺達は別れて教室へと戻った。

 ちなみに英単語の小テストはド忘れした単語があって大慌てしたが、何とか思い出すことができて満点だった。

 アブナカッタ。



よければ作品のフォローやレビューなどで応援よろしくお願いします!

皆様の応援が作者のモチベに繋がります……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る