第7話 二人の時間
どうしてこうなった?
休日に出かけたら三上さんにばったり会ってしまった。
ここまではいい。
偶然出会った本屋で買い物をして解散という流れだったはずなのに…………俺はなぜおしゃれなカフェにやってきて、三上さんの向かいに座っているんでしょう?
誰か教えてー。……誰も教えてくれないですよね、そうですよね知ってました。
「? どうしたんですか?」
「……いや、何でもない。ちょっとこういうのには慣れてなくてな……。緊張してるだけだ」
「桐島さんはカフェなどはあまり来られないんですね。なるほど……」
三上さんは何か勘違いしているようだが、慣れないのは場所の問題ではなくこのシチュエーションそのものだ。さっきの本屋での出会いは偶然で片づけられるが、このカフェでの同席は……まるでデートだ。異性と二人きりで同じ空間にいる。それが偶然ではなく互いの意思があって作られた状況なのだから、ああ……どうして俺は断らなかったんだ。
……いや、断れなかったんだよ。勢いに流されたというか。もしくは動揺して気付いたら同意したことになっていたというべきか。まあ、こうなってしまった以上過程をどれだけ呪っても結果は変わらない。
「ここはよく来る行きつけなんです。落ち着いた雰囲気でコーヒーや紅茶などどれも絶品なので書店で本を買った後に寄って本を読んでいくときもあるんです」
「そこにどうして俺を連れてきたんだ? 本を読むんだったら一人の方が捗るんじゃないか?」
「そうですね……。強いて言うのならば思い付き……でしょうか?」
「思い付きぃ? そんな適当な理由で俺と……?」
「はい、何かおかしいでしょうか?」
異性と二人きりという状況で絶賛心をすり減らしている俺に何たる暴言。やはり意識しているのは俺だけなのか。弄ばれているのだろうか。
「平日に学校がある際の昼休みの時間からは少し過ぎてしまいましたが、昨日も一昨日もあの場所で昼食を一緒に食べました。ですからせっかく出会えた今日もよければと思ったのですが……あっ、もしかしてもうお昼は済ませてましたか?」
「いや、まだ食ってないけど」
マジかよ。そんなこと考えてたのか。
確かにそうだな……。少し時間は過ぎてるが、ちょうどそのくらいの時間だったか。
でも、休日だぞ? 平日とは違うんだぞ?
休日まで俺と飯を食いたいと思ってくれる物好きなのだろうか……。
「それなら良かったです。ここは軽食もとってもおいしんですよ。これメニューです」
「ありがとう。三上さんは見なくていいのか?」
「私はたくさん来ているので大体のメニューは覚えてます。いつも頼むものもそれほど変わらないので気にせず見てください」
まあ、常連ともなればその店のメニューは頭に入っているだろうし、冒険しないタイプの人間ならお決まりのメニューというのもあるのだろう。
お言葉に甘えてメニューを開き、流し見していく。
「決めた」
「早いですね。もしかしてサンドイッチのセットですか?」
「……正解」
「ふふ、これも傾向と対策ですね」
爆速で頼むものを決めると三上さんはドンピシャでそれを言い当てた。まあ、俺の昼飯のパターンからある程度は絞り込めたのだろうが……そんなしょうもない事を対策して何になるんだ。そして少しドヤ顔なのが普段のクールな印象とギャップがあってなんか、こう……心にくる。
「私はいつもの紅茶とクッキーのセットにします。桐島さんはセットの飲み物は何にしますか?」
「そうだな……。じゃあ、アイスコーヒーで」
「分かりました。では、注文しちゃいますね」
三上さんは手慣れた様子で店員さんを呼びつけてすらすらと注文していく。少し年上に見える女性がオーダーを取りに来てくれたが、その店員さんや他のお客さんから俺達はどう見えるのだろうか? やっぱりカッ――――いや、そういうことを考えるのはよそう。相手は高値の花だ。三上さんだって言ってたじゃないか、思い付きだって。彼女にそういう意図はない。だから過度な期待はしない。自爆特攻はナンセンスだ。
そして待つこと数分。運ばれてきた料理は三上さんの言う通りめちゃくちゃおいしそうだった。サンドイッチは俺の大好物の一つ。だからこそ、少しだけ口うるさいと自負していたが文句なしで美味い。何度も通ってしまいたくなるくらい気に入った。
「美味しいですか?」
「ああ、美味い」
「それはよかったです」
「なんで三上さんが誇らしげなんだ?」
「自分の好きなものを誰かに知ってもらいたい。そして、好きになってもらいたいという気持ちは普通じゃないですか?」
「そういうもんか?」
「はい、そういうものです。好きな時間を共有できるようになるんですから」
共有、ね。そうだな、楽しいことは一人よりみんなでとどこかで聞いたことがある。この時間は三上さんにとって至福の時間で彼女の楽しみだ。だが、今日俺もその楽しさを知ってしまった。総じて感じる楽しさも二人で二倍ということか。
(……まあ、悪くないか)
高校デビューに失敗してボッチになった。クラスでも浮いた存在の俺に絡む物好きはいない。だが、何の因果か学校でも屈指の美少女、高嶺の花である三上陽菜だけは俺を放っておいてくれない。
初めは助けてもらった恩があるからだと思っていた。そうじゃなきゃクラスカーストトップの彼女がクラスカースト最底辺の俺に構う理由なんてない。そうだったはずなのに……。お礼を経て貸しは返してもらった。俺と彼女を繋げぐ縁はとっくに切れたはずだった。
だが、それでも三上陽菜は俺を放っておいてくれない。
一人に戻してくれない。それどころかあまり期待はしたくないがあれ以来どんどん距離を詰めてきている……気がする。
そして、そんな関係を……悪くないと思ってしまった俺がいる。
彼女との時間は言葉がなくても居心地が悪くないから嫌いじゃない。
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
どうして? 何で? とつい尋ねてしまいそうになった。あえて強い言い方をするのならば、なぜ俺に付き纏うんだと聞いてみたかった。
でも、やめた。
理由なんてそんなに重要な事じゃない。
それはそうしたいと思う彼女の気持ちと、それを受け入れた俺の気持ち。
その方向性さえあっていれば他はどうでもいい。
今は……それでいいんだ。
「今日はありがとうございました。とても楽しい時間でした」
「こっちこそいい店を知れた。ありがとう」
家からそんなに遠くないし休日に通うのもありかもしれないな。
静かで過ごしやすいカフェだったし、勉強道具を持ち込むことも視野に入れておこう。
「遅くなるといけないのでそろそろ帰らないといけないですね」
「そうだな。もう夕方……あっという間だったな」
彼女とエンカウントした時はまだ太陽が高く昇る昼間だったが、そんな太陽も沈みかけて空をうっすらと茜色に染め上げている。
思えばよくもこれだけの時間異性と過ごしたもんだ。お互いほんの世界に入り込み、言葉のない時間も多かったが、やっぱりそれでも居心地は悪くなかった。こういう時に気まずくならないのは本当に助かる。
「駅まで送っていくよ」
「え……その、お気持ちは嬉しいのですが私電車じゃないですよ?」
「あれ、そうなのか? 駅近の本屋にいたからてっきり電車なのかと思ってたよ。じゃあ、ここらへんで解散だな」
「はい、そうですね。では、また月曜日に」
「ああ、また」
……何の疑問もなくスッと出てきた言葉に驚いた。再び会うことを前提にしたやり取りは何とも高校生らしく、思わず笑ってしまいそうになる。
また、かぁ。またあのベンチで待ち伏せされてるんだろうな、なんて考えながら俺は帰路への一歩を踏み出した。
「あ」
「え?」
――――――――三上さんとまったく同じ方向へ。
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