いざ、コンニャク集めの冒険へ
ふと、僕は大変なことに気付いてしまった。スマホの充電が既に三十パーセントを切っている。
充電器はない。
ああ、昨日ちゃんと充電して寝れば良かった。
今のところ唯一の元の世界と繋がりが持てる媒体だから、これが使えなくなったら困ってしまう。
「ああ、コンビニないかなあ……」
呟いてからあるわけないと気付く。万にひとつの確率で、大自然の中にポツンと建っていたとしても、財布がないから買えないし。
途方に暮れつつとぼとぼと歩みを進めていると、突然耳元で声がした。
「コンニャクを集めよ」
「ぴゃ!?」
……突っ込まれる前に自分で突っ込んでおくけども、ぴゃってなんだ。
「コンニャクを集めるのだ!」
もう一度同じようなセリフが聞こえ、振り向くと。そこには群馬のゆるキャラそっくりの、三頭身くらいの馬をモチーフにした変な生き物がいた。全体的に僕よりも小さく、大きめの猫ちゃんくらい。身体が宙に浮いているせいで立っている僕と目が合っている。
「ぐ、ぐぐ、ぐんまちゃーー」
「我が名はグンマーヌだ」
「へ!?」
妙に偉そうな口調とは裏腹に、声はなんかすごく高くて可愛い。
「……ぬいぐるみ?」
「無礼者! 我は妖精だ!」
……妖精らしい。
ふと気が付いた。
「日本語が通じてる!?」
「ばかもの! 当たり前だ! 我は妖精だ!」
妖精だったら日本語がわかるものなんだろか。
なーんか自己主張がやたら激しい妖精だなあと思いつつ、黙って頷く。
「単刀直入に言う。おまえがいるこの世界は、群馬ではなくグンマーだ。世界には、いくつかの平行世界というものがある。同じ時間軸の中で進んでいても、本来なら決して交わることのないはずの世界だが、どういうわけか、たまにその世界に住む生き物が、別の平行世界に転移してしまうことがある」
「転移?」
「そう、身体と意識が移動してしまうんだな」
「えええええ!」
やっぱりドッキリじゃなく、ここは異世界なんだ!
そうだろうとは思ってたけど、改めて他人……もとい他馬、じゃなく自称妖精の口から聞かされるとショックだ。
「どうしたら元の世界に帰れるの?」
それ! とにかくそれが一番重要なところだ。
「ごく単純だ! コンニャクを集めよ!」
「コンニャク!?」
まさかの?
「どこの平行世界でも、その世界のエネルギー媒体のようなものがある。ここではそれはコンニャクだ」
「……はあ」
さすがグンマー。グンマーといえばコンニャク?
「お、ちょうど一個持ってるじゃないか」
「さっき貰ったんだ」
「一個じゃ元の世界に戻ることはできないが、コンニャク一個につき一つ、元の世界からものを転移させることができる」
「……本当に?」
「それで試してみよう」
ぐんまちゃ……もといグンマーヌは、僕の全身を舐めるように見つめる。
「靴がないな」
「あ……確かに」
まだ靴下に穴はあいてないけれど、そろそろ足の裏が痛くなりそうだ。
「そのコンニャクを両手で握りしめ、祈るようなポーズで欲しいと思うものを念じよ。呪文は必要ない。一つだけだぞ?」
「あ、うん」
言われた通りに僕はコンニャクを両手で挟み、お気に入りの運動靴を頭に思い浮かべた。
そのまま、数秒。
ポン! とコンニャクから煙が上がり、替わりに運動靴が僕の手の中におさまっていた。
……今さらだけど、なんてベタな召喚魔術みたいな演出。
そして靴は右側一つだけだった。一足(いっそく)じゃなく本当に物理的に一つだけか。
靴、片方だけ……。
「どうだ?」
「片足だけ靴有りは歩きづらいです……」
「だろうな」
「あ! てか靴より先に充電器! スマホが!」
慌てる僕に、なぜかドヤ顔でグンマーヌは言った。
「案ずるでない。ログインボーナスにコンニャク五個プレゼントだ! 我に感謝せよ!」
「ゲームなの? ねえこれゲームなの!? 僕のこの大冒険は……」
「落ち着け若造。ちなみに生き物の転移にはコンニャク千個が必要だ。おまえが帰るのも同じ。コンニャク千個を集めよ、少年!」
「えええええ多い!」
僕の手に、またぽんっという効果音と共に五つのコンニャクが現れる。また裸だ。ねえ、袋欲しいんですけど。
「あ、もしかして、ログインボーナスでコンニャク五個ずつ毎日もらえたりする?」
「いや、最初の一回だけだ」
運営(?)さんのおけちいいいいいい!
「はっはっは、嘘だ。一日一個だが、ログインボーナスはある」
それでもけち、と思ってしまう。一日一個、千日かかるじゃないか!
「さあ少年! 我と共に、コンニャク集めの旅に出るのだ!」
「お、おう」
人外とはいえ、ようやく日本語が通じる仲間が増えて僕は少しだけ安堵していた。
そうして僕の異世界での冒険が本格的に幕を開けたのだったーー。
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