手土産は加工品
引き締まった筋肉の感触に驚きつつ、いつまでもこうやって抱き合ってるわけにはいかない。
やんわりと、僕は民族男の胸元を両手で押した。
おお、なんて鍛え上げられた胸筋……その弾力にびっくりだ。
身体を離ししばし民族の男を見つめる。
えっと、これからどうすれば。どうやら相手は一応僕に友好的なようで、敵意は感じない。取って食われる心配もなさそうだ。
朝自分の部屋で目覚めたら異世界だったというとんでも展開を相談したいのだけど、言葉が通じないのでは難しそうだ。
と、相手がいきなり両手をあげて、
「うんぽっぽおおお」
「うんぽっぽおおお」
……うん、それはもういいから。
いつまでもここにいたってらちがあかない。
僕はとりあえずこの藁でできた建物を出ることにした。もしかしたら外には言葉の通じる人がいるかもしれないし、誰か知り合いが『ドッキリ』の看板を持って現れる可能性も捨ててはいない。
うん、田中辺りならそういうのやりそう。
僕は、両手を胸の前で組み、とびっきりの笑顔で目の前の男に頭を下げた。
『それでは失礼します、襲わないでくれてありがとう』というメッセージを込めて。
男もさらに深い笑みを浮かべ、恒例の、
「うんぽっぽおおお」
「うんぽっぽおおお」
なんなのこれ本当に挨拶なの? 万能なの? 英語のハローより万能なの? とりあえず『うんぽっぽ』だけ使えればこの世界でコミュニケーションを取れるのだろうか。
僕がもう一度お辞儀をし、立ち去ろうとした時だった。
右の手首を掴まれる。
振り返ると、何かぬるりとしたものを渡された。よく見て、僕は目を疑った。それはよくスーパーなんかで見かける、グレーの中に黒いツブツブが混じった長方形のぐにゃりとしたーーそう、コンニャクだった。
……いや、ここ、そんなに溜めるとこでもないけど。
くれると言うのだから一応貰うけど、なんで裸なの。ビニールとか何かに入ってないの? それ以前に、この世界にコンニャクを加工する技術なんてあるの?
疑問はあとをたたず、突っ込みが追い付かない。
ありがとうと言おうとして、それじゃ通じないと気付く。
そこで僕は、恒例のその言葉を初めて自分から口にした。
「うんぽっぽおおお!」
「うんぽっぽおおお!」
そうして僕は藁をくぐって外に出た。手には民族男から貰ったこんにゃくを持って。
振り返ると、僕がいたのはやっぱり縦穴式住居だった。歴史の教科書やネットで見た覚えがある。頭をもたげ始めた疑問を僕は封じた。
ちょっと疲れた。このとんでも展開に、いちいち驚いたり突っ込んだりすることに。
僕は一度深呼吸をし、改めて外の世界を見渡したのだった。
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