挨拶はうんぽっぽ

 僕は外を覗くのをやめ、藁でできた建物の中に再び潜った。逃げ込んだと言ってもいいかもしれない。外の光景を頭が処理できてない。

 待て、落ち着け、寝起きで頭が正常に機能していないだけかもしれない。だって今のは、明らかに日本人じゃないぞ!

 なんだあの衣装。あの肌。ここはどこの国だ!


「やっぱり絶対夢だ!」


 僕はもう一度右頬をつねった。痛い。気のせいだ。さらにつねる。やっぱり痛い。それでもつねる。さらにさらに痛い。いやだつねる。夢ったら夢だ。繰り返し何回かつねる。十回ほど繰り返してようやく痛みが薄れてきたような気がしなくもなかったけれど、多分つねりすぎて感覚が麻痺してきただけだ。その証拠に、右頬だけちょっと腫れぼったい。

 僕は意を決し、もう一度外を覗いた。


「うんぽっぽ!」

「うぎゃあああああああ!」


 黒い顔があった。目前に。そのままキスできそうな距離に。

 相手も藁の間のスペースからこっちを覗きこんでいたのだ。僕は腰を抜かしてしりもちをついた。


「た、た、食べないで!」


 とっさに出てきた命乞いの言葉。

 だけど相手の黒い民族っぽい人は、藁の建物の中に入ってきて、さらに僕の方に一歩近づき右手を差しのべてきた。掴まれってこと?

 襲ってくる様子もなかったからその手を取り、立ち上がる。

 どうやら体躯的に男性らしいとわかった。顔はもともと黒い上に、は妙な化粧がほどこされていて性別や年齢がわからなかった。その化粧も周りの女性たちが普段してるようなそれじゃなくて、なんというか、THE、民族って感じの。

 もしかしてこの建物に住んでる人? そうか、ここは家なのかもしれない!


「あ、あの、勝手に入ってすみません! ぼ、僕はその、決して怪しいものではなく、あ、あの、山田太郎と申しまして……」


 必死に弁解&自己紹介。

 だけど彼は軽く首をかしげるのみ。

 言葉が通じないのかな? そりゃ、見るからに住んでるとこ違いそうだし。

 不思議そうに僕を見ていた彼が、不意に口元を歪めた。笑ったのだと理解できた。


「うんぽっぽ!」

「……へ?」


 何語なの?

 日本語でおけい?


「うんぽっぽ!」


 もう一度、今度は手を握られて言われた。

 握手なの? ねえこれ握手なの?

 うんぽっぽって……もしや挨拶?


「うんぽっぽおおお!」


 今度はさらに大声で、にぱっと笑いながら。


「う、うんぽっぽおおお!」


 僕もつられてそう返す。

 瞬間、がっちりとハグされた。

 どうやらこっちの世界では、「うんぽっぽ」は挨拶らしい……。

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