𝐓𝐞𝐭𝐨 厩舎の亡骸

 地下室を出て、建物の外へと駆け出ると、そこは、あの雨戸の桟に塵の積もった宿らしき建物だった。まだ、夜は明けていない。建物の向こう側から、ファウストの怒鳴り声が聞こえてきた。やれ桶を持ってこいだの、やれ大切なしのぎだのと、子分の男たちに怒鳴り散らしていた。黒い水が、小川のようになって、大通りへと流れている。臭いで葡萄酒だと分かった。見覚えのあるラベルの束をシロウが私に見せてくれた。それは、ドブロイで掴まされた葡萄酒「ガルガンチュア」の偽物、そのラベルだ。どうやら、ここで上納金逃れの葡萄酒を偽造しているらしい。

 私とシロウは、ひとまずファウストの宿に戻り、失禁で汚れた下着を履き替え、荷物をまとめた。そして、ジルの住む峠の上の屋敷へと二人で駆けた。


 屋敷の扉の鐘を三度鳴らし、扉を開くと、機械仕掛けのオイルランプが廊下を照らした。薄灯りの廊下を奥へと歩み、螺旋階段の暗闇へと入る。転ばないように、壁に手を這わせながら螺旋階段を上ると、寝所から漏れるオイルランプの光が見えた。寝所では保安官のジルが使用人のシンシアと裸で寝息を立てていた。床には、使用済みと思われる避妊具が散乱している。それを避けるようにして、寝台へと辿り着いた私は、シンシアさんを揺さぶり起こした。

 「――ジル‥ ジル‥」

 「――ん‥ ?」

 私に気づいたシンシアさんがジルに声をかけると、彼は直ぐに目を覚まし、私に顔を向けた。

 「――どうした‥ 只事じゃあねえな ?」

 「昨日の、ご婦人を弓で殺めた犯人がわかりました‥ ファウストさんです‥ ジルさん、亡骸の精液を確認させてください‥」

 「まて‥ 服ぐらい着させろ‥」

 「すみません‥」

 彼は服を着ると、長椅子に腰を下ろして私に訊いた。

 「精液なんか確認してどうする ?」

 「私、奴の配下に攫われて‥ その‥ 私の腿に、あの老人の精液がついています‥ このシロウなら、臭いでわかります」

 「体は ?」

 「え ?」

 「嬢ちゃんの体は大丈夫なのかって聞いてんだ」

 「はい‥ 怪我はないです‥」

 「そうか‥ しかし、臭いでわかるってのは、どういうことだ‥ フラミンゴの中央警察にそういう警官がいたって話は聞いたことあるが‥」

 ジルが寝所の入り口にいるシロウに目をやった。

 「お前、そのシロウか‥ ?」

 「そうかもな‥」


  ――有名人 !


 「シンシア、俺の精子とそいつの精子をそれぞれ小匙一杯、同量の水に溶いたものを二十ほど用意してくれ‥」

 「いいけど――」

 「木の器がいい‥ 誰のかわかる様に、裏に印をつけておくんだぜ‥ 器の配分は任せる‥」

 「――その男の精子はどうするんだ ?」

 シンシアさんがシロウに目をやりながらジルに言った。するとシロウは、困ったような顔をしてジルに言い返す。

 「待ってくれ、それは、精子じゃなくてもいいだろ‥」

 「精子を嗅ぎ分けられるかの実験だ。精子の必要がある。精子だ、精子でやるんだ‥ !」

 いかにも保安官らしくジルが命令すると、シンシアさんは使用人らしく、黙って枕元にある避妊具の紙袋を手に取り、シロウに歩み寄って、それを手渡した。そして、床に落ちている使用済みの避妊具を拾い集めて、寝所の外へと出て行った。ジルも、長椅子から腰を上げると寝所を出て行った。今度は鼻血ではなく精液を出すことになったシロウ、何か協力できないか考えた私は、まだ替えたばかりの下着を脱いで、避妊具の紙袋を手にして茫然としているシロウに差し出した。

 「え ?」

 「使いなさい‥」

 「や‥」

 「――興奮できませんか ?」

 「できますけど‥ 姫君の下着でを掻くなんて無礼はできない‥」

 「褒美です。受け取りなさい‥」

 「――ほ、褒美、ですか‥」

 「‥」


 ――あ‥


 彼の困惑する姿に、これを、褒美だと言った事を私は後悔した。失礼な事だ。彼を馬鹿にしている。彼はそう感じていなくても、これは失礼な事だ。しかし、差し出したこの手を下げるだけの器量が私には無かった。


 ――どうしよ‥

 

 言い訳を探すほどに、手を下げる機会が遠退く。ふと、彼の両手が下着を差し出した私の手を包んだ。

 「――あ、いえ、はい ! 頂戴いたします !」

 「そ、そう‥ ?」

 私はシロウに下着を手渡した。そして、逃げるように寝所から出て、彼の背を押して中に入れ、扉を閉じた。彼の姿が見えなくなると、直ぐに居た堪れなくなった。もし、失礼な奴だななんて思われたら、彼の恋心が冷めてしまうんじゃないかと怖くなったからだ。

 「シロウ‥」

 私は、謝ろうと扉ごしに彼の名を呼んだ。

 「――はい」

 「褒美だなんて、馬鹿にしてごめん‥」


 ――そうだ‥


 「私、あなたになら、本当に――」

 「ふおおおおおっ―― ! 姫君のパンツさいこおおおおおおっ―― !」


 ――ちょ‥ !?


 「――ヴァカ ! 最低ー ! 返せ ! 終わったらパンツ返せ !」



 使用人のシンシアさんが、木製の器を食台に無造作に並べた。嗅いでみたが、これといって栗の花の臭いはしなかった。シロウは、木製の器をひとつ手に取ると、その水を嗅いでみせた。そうして、最終的に、三つの組に木製の器を分けた。シロウはそれぞれ、十二の組がシロウの精子、七の組がジルの精子、一の組は二人の精子だと結論づけた。ジルは、その水を桶に捨てながら、ひとつひとつ、木製の器を裏返していった。木製の器の底には名前が彫られてあった。その名前は、シロウの予想と、全て一致した。

 「すごい !」

 感嘆の声を上げた使用人のシンシアさんが、ジルに何かを耳打ちした。ジルは頷くと、徐に腰を上げて言った。

 「亡骸は厩舎にある‥ 案内する」

 ランタンを手にしたジルに連れられ、螺旋階段を下り、屋敷の裏へと出ると、屋敷の庭園ほどは荒れていないようだった。厩舎は離れにあった。厩舎の闇に踏み入ると、小蟲の羽音が聞こえた。小蟲の羽音がする方へと連れられると、ランタンの灯りに照らされて、女の亡骸の足が見えた。小蟲が集っている。

 「掻き出そうか ?」

 「いや‥」

 ジルの提案を断ったシロウは、ランタンの灯りに照らされた亡骸の股間に顔を寄せた。小蟲の羽音に混ざって、深い呼吸が幾度か聞こえた。

 「顔が見たい」

 シロウがそう言うと、ジルは亡骸の顔にランタンを近づけた。私は怖くなり、目を瞑った。

 「――姫君、よろしいですか ?」

 「はい ?」

 薄目を開けると、シロウとジルが私を見ていた。

 「姫君‥ スカートを、その‥」

 「捲れとよ」

 「はい‥」

 股間の少し下あたりまでスカートをたくし上げると、露わになった私の腿にジルがランタンを寄せてきた。

 「どのあたりですか ?」

 そう云いながら、シロウは、私の前に屈んだ。私が腿の内側を指さすと、そこにシロウは顔を寄せた。一瞬だった。シロウが身を引いたので、私はたくし上げていたスカートを下ろした。それを見てジルが言った。

 「もういいのか ?」

 「ああ、その亡骸の膣についてる精液と、姫君の足についている精液は、同じものだな‥」

 「だが、まだだ‥ まだ、証明しなきゃならねえ事がある‥」

 「俺が、真実を言ったかどうか‥ ということか ?」

 「そうだ」 

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