第二十話


 穴吹町を午後九時半ごろに出て、大阪に向かってゆっくり車を走らせた。

 関さんが実家に帰って心をリセットする手伝いが出来たことで、彼女とのひとつのドラマが終わったように思った。


 坂出インターを過ぎたあたりでスマホが震えた。

 真鈴からの電話だった。


「どうしたんだ?」


「どうしたんだって、どういうこと?今、どこにいるの?」


「橋の上だよ」


「えっ、何?どこの橋の上なの?」


「瀬戸内海」


「ちゃんと答えてくれればいいじゃない。また私をからかってるのね。もういい!」


 瀬戸大橋だよと言おうとした瞬間に電話が切れた。

 真鈴は気が短すぎる。


 瀬戸大橋の中間にある与島パーキングサービスに車を止めて電話をかけた。真鈴はすぐに出た。


「悪かったよ」


「・・・・・」


「謝ってるだろ、悪かったって。でも気短か過ぎないか?ともかく今仕事の帰りで瀬戸大橋にいるんだ」


「フン、光一だって『橋の上だよ』って、その言い方おかしいよ。普通に瀬戸大橋を車で走っているって言えばいいのに」


「光一って呼びつけにするんだな」


「えっ?あっ、ごめんなさい」


「いや、その方が嬉しいんだ。光一ってこれから呼んでくれよな」


「分かった、そうする。でも、ともかく明日会いたい。明日会えないとどうなったって知らないから」


「何だよ、その言い方。予備校で忙しいんだろ。八月にならないと会えないって、この前言ってたじゃないか」


「いいのよ、半日くらいなら。何時に行けばいいの?」


 真鈴と明日の午後一時にいつもの天満駅改札口で会う約束をした。

 全く変な浪人生だ。


 それから私はときどきパーキングサービスで休憩しながら、明け方に兎我野町の部屋に帰って来た。

 窓から見える兎我野町のビル群の窓は、ところどころすでに明かりが灯っている部屋もあって私はホッとした。


 二十日に新神戸駅で関さんを出迎えてから、この三日間がまるで異世界での出来事のようだった。


 関さんとついにつながった。


「結ばれた」や「愛し合った」「セックスをした」という表現は適していない。彼女とは「つながった」のだ。


 この先彼女とどうなっていくのか、私には全く分からない。


 彼女の両親には私という存在は「娘の彼氏」ということになった。

 ともかく落ち着いたらゆっくりと様々なことを考えてみようと思った。


 窓から見えるビルの窓々を見ているうちに、私はいつの間にかソファーで眠ってしまったようだ。


「岡田さん、起きてください!どうしたんですか?」


 肩を軽く叩かれる感触と透き通った女性の声に目が覚めた。

 私の視界の真上には律っちゃんの少し細面の顔があった。


「あれ?律っちゃん、どうしたの?」


「どうしたのって、今日は月曜日ですよ」


 そうだった。

 私が関さんを迎えに行った七月二十日は祝日で、そのあとが土日、今日は月曜日だったのだ。


 私は関さんとの三日間が、あまりにロマンティックでアグレッシブでエキサイティング、そしてエロティックだったので、曜日感覚がブッ飛んでしまっていたのだった。


「ゴメン、ちょっと四国に行ってたものだからね、ほとんど寝ていないんだ」


「急ぎの調査がなかったら奥でお休みになったらどうですか」


「そうするよ。じゃ、電話があったら遠慮なく起こしてください」


 私は隣の自室でベッドに横になった。

 何かを考える瞬間もなく、後頭部を叩かれたようにすぐに眠りにおちた。


「岡田さん、起きてください!沢井さんという女性から電話です」


 そうだった。私は真鈴との約束をすっかり忘れていた。


「保留にしています。ちょっと不機嫌そうです」


 律子さんは難しそうな表情で言った。受話器を取り、保留ボタンを解除した。


「ゴメン、疲れて寝てしまってたよ。すぐ行くから、今どこ?」


「どこって、天満駅の改札口だよ。もう三十分も待ってるんだから」


「じゃあ、申し訳ないが、プランタンでコーヒーでも飲んで待っていてくれるかな」


「ひとりであの店に行くのは嫌だよ。扇町公園の中のいつもの辺りにいるから」


 当然だが真鈴はかなり怒っていた。


 私は平謝りして電話を切り、すぐにシャワー室に飛び込んだ。

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