第十八話


 中国自動車道から箱崎インターで播但道路に移り、山陽自動車道に乗り換えて岡山の倉敷まで休憩なしで一気に走った。


 瀬戸中央自動車道に道路を移し、瀬戸大橋の途中の与島パーキングサービスでようやく休憩した。


 関さんは瀬戸大橋を車で渡るのは初めてで、「すごい!」を連発していた。

 実家へ久しぶりに向かうことで、彼女の眼は次第に輝きを帯びてきたように見えた。


 きっと彼女は仕事のことでいろいろと悩んでいたに違いない。


 でも真面目な性格だから仕事中心の暮らしから、わずかひとときの休息さえも取らずに走り続けてきたのだろう。

 まるで翔ぶがごとくに走り続けてきたに違いない。


 四国に入るとますます車は順調に走り、予定より早く西条に到着しそうだった。


 途中、豊浜パーキングエリアでもう一度休憩し、車の中で関さんと長い間キスをした。

 私の気持は方向転換しそうな様相を帯びてきた。


「どうなったって知らないから」という真鈴の留守番メッセージの意味が気になったが、目の前の関さんとのキスの味に酔いしれた。


「どうにかなってしまいそう。岡田さんのこと、本気で好きになってしまったらどうしたらいいの」


 長いキスのあと、関さんは困ったような表情で言った。


「もう僕と君はつながったんだ。だからどうなるかではなく、どうするかなんだ」


 私はこの言葉以上に、もっと伝えたいことがあったが、それを今、口に出すのは控えた。


 どうするかなのだと言ったところで、私も関さんも現実へ戻れば様々な出来事がある。

 社会と関わっていると約束事が守れなくなるときもある。


 関さんへの愛情が私のこころの中に存在する唯一のものではない限り、約束が確実に守られ、愛情を注ぎ続けられる保証はない。

 そんな脆弱な気持ちで未来の約束などできるはずがないのだ。


 これから先のことなど予測がつかないし、言葉に表すこともできない。

 はっきりと見えない未来のことを無責任に口には出せない。


 伊予西条インターから降りたのが午後三時半を少し回っていた。

 関さんの実家は国道十一号線を西へ走り、加茂川大橋を渡ったところの農業区域にあった。


 実家は代々専業農家だったが、父は地元の中規模の造船会社に勤めるサラリーマンとなり、現在は兼業とのことだった。

 実家が近づいてくると関さんは黙り込み、顔つきが緊張しているように見えた。


「近くなの?」


「次の交差点を左に曲がって少し行くと、右側に赤茶けた納屋のある家が見えるから」


「大丈夫?」


「うん、多分。岡田さん、家に一緒に入ってくれるでしょ?」


「いいよ。彼氏だからな」


「うん」


 私は関さんの誘導のまま、車を頭から彼女の家の敷地内に突っ込んだ。


 とても大きな家で、庭と納屋の間にも広い敷地があり、軽トラックと乗用車が止まっていた。

 私たちが車から降りようとしているところへ母親らしき女性が小走りでやってきた。


「どうしたの?広美。連絡してくれたらよかったのに。ちっとも帰って来んと心配していたら、急に帰ってくるんだから。どうもすみません、送ってくださったのですね」


 彼女の母は私に頭を下げた。


「岡田さん。彼氏やから」


 関さんは臆すこともなく、堂々と私を母に紹介した。


「はじめまして、岡田と申します」


 私は丁寧に礼をした。もう一度母が頭を下げた。


「お父さん、広美が帰って来たんよ!」


 彼女の母は叫ぶように言いながら家の中に入った。


 突然だったとしても、娘が帰ってきたことの喜びを母は身体全体で表現していた。

 子供を歓迎しない親なんて存在しない。


 急な提案だったが、関さんに帰省を勧めたことが間違いではなかったと、私はホッとした。

 私と関さんは玄関から入らずに、庭を通って広い縁側に腰をかけた。


「すぐに帰るから、もう少し我慢してね」


「我慢なんかしていないよ。僕を気遣う必要はないからご両親にキチンと謝らないとだめだよ。長い間帰って来なくてごめんなさいって言わないといけない。分かったね」


「分かった」


 しばらくして両親が玄関から現れた。父は農作業の服装だった。

 

 まあともかく上がって下さいということになり、私は恐縮しながらも靴を脱いだ。


「大阪の人。一年位前から付き合いしてもらってる」


 関さんはぶっきら棒な喋り方で両親に私を紹介した。

 お茶が入った。通された部屋は昔からの大きな農家にある二部屋ぶち抜きの広い和室だった。


「今日はすぐに帰らんといけんから、また今度ゆっくり来る。心配要らんから」


 関さんはお茶を啜りながら言った。


 もう少し優しい話し方をしてあげればいいのに、彼女は両親とまともに視線さえ合わせようとしなかった。


 それでも両親は笑顔で娘が帰ってきたことの喜びを表し、どこの馬の骨とも分からない私にも好意的に接してくれた。

 ふたりとも、とても実直そうな人物に見えた。

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