第十七話
翌日、関さんと私は朝早くから新快速電車で大阪に向かった。
彼女は今日大阪に一泊して明日徳島へ帰る予定だったが、急遽、ホテルをキャンセルして、私の車で大阪を発って、先ずは彼女の実家のある西条市へ向かうことになった。
昨夜、私は関さんとつながった。
結ばれたのではなく、「つながった」のだ。
「半年以上女性を抱いていないから、あまり自信がないけどかまわないかな?」
一応私は念を押した。
「馬鹿なことを言わないで」と関さんは少し怒った。
夫婦関係が円満だったころは毎週のようにセックスをしたものだが、そんな暮らしが一変し、別居状態になって最初のころはときどき有希子がやって来たが、彼女が癌を患ってからは会うことも少なくなってしまった。
実際、八か月近くも女性との接触がなかったため、果たして男の機能を発揮できるものかどうか、私は本当に自信がなかった。
シャワーを浴びながら、口では「関さんを抱いてしまったら戻れなくなってしまう」と格好をつけたことを言ったものの、蘇生するのかどうかが心配になった。
だが、関さんの肌を直接感じると、そんな心配は吹き飛んでしまった。
関さんは経験が浅いようだった。
「もう離れたくない」
関さんは私の胸に顔を乗せて言った。
「君は療育園でずっと働き続けて疲れたんじゃないかな。一度山を降りて、リセットしたほうがいい。仕事を離れて実家に帰ったり、旅に出たほうが健全だ」
「そうね。私のことを心配してくれてありがとう。すごく嬉しい」
私はもう一度関さんを抱きしめた。
「私、どうにかなってしまいそう」
関さんは呟いたが、私はもうとっくにどうにかなってしまっていた。
それから朝まで様々な話をした。関さんが九月で二十七歳になることや、穴吹療育園に勤めて七年目になること、実家には二年以上戻っていないこと、趣味は音楽を聴くことくらいだが、実際は仕事が趣味になってしまっていることなど、彼女は私の耳元で囁くように打ち明けた。
あと二日休みがあるのだから、明日は大阪に泊まらず西条の実家に帰って、少しだけでも顔を見せて両親を安心させようとアドバイスした。
そして、そのあと穴吹まで送って行くと約束した。
「分かった。そうする。でもひとつお願いがあるの」
関さんは少しだけ考えてから言った。
「実家に岡田さんも来て欲しいの。私の彼氏だからと親に紹介したいの。ね、いいでしょ?」
「かまわないよ。問題ない」
大阪の天満の部屋に帰ってから私は着替えをした。その間、関さんはコーヒーを淹れてくれた。
「この部屋に来るのは二度目だけど、何度も来ている気がする」
彼女は不思議そうに言った。
ふとベッド脇の電話を見ると、留守番メッセージランプが点滅していた。
ひとつはT社の部長から急ぎの所在調査の依頼、そして二件目は真鈴からのものだった。
「光一はこのところどうしているの?八月になるまで私が忙しいと言ったら、全然電話してくれないんだね。
部屋にもいないし、何しているの?そっちがその気なら、私だってどうなったって知らないからね」
どうなったって知らないからって、いったいどういうことなんだ?
最近の真鈴はおかしい。何かがあったのだろう。
でもそれを訊くと「会ってから話す」と言う。私は考えると疲れるから考えないことにした。
「真鈴さんって、あの沢井さんのお嬢さんね」
「そうなんだ。変な奴なんだ」と私は説明した。
「可愛いいじゃない、何か投げやりな伝言が」
関さんは笑いながら無責任なことを言った。
確かにとても可愛い。でも変な奴なのだ。
十一時を過ぎてから部屋を出て駐車場へ、眠っている愛車を叩き起こして出発した。
関さんがリセットするために実家へ向かう。
私は彼女の二年ぶりの帰省の手助けをするのだ。
長年の山暮らしで、彼女の「こころ」の処理能力はもう限界を超えている。
一度クリーンアップする必要がある。
今の彼女には、ほかのどんなことよりも実家に戻ることが大切なのだ。
土曜日だから道路が混んでいなければ午後四時までには西条に着く。
新御堂筋を北へ飛ばし、中国自動車道に乗った。
真夏の太陽は今日も情熱的だった。でも私と関さんは太陽なんかに負けないくらいの気持を西条へ向けていた。
アクセルを踏む足に自然と力が入った。
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