第十五話
昨夜は十時前にはホテルのバーを出て、関さんを部屋まで送り届けた。
部屋には入らず、ドアの前で彼女を抱きしめてもう一度キスをした。
欲望が頭を突き抜けそうなくらい昂ぶったが、自分が持ち合わせているすべての理性によって辛うじて抑えた。
関さんは別れ際に「明日ね。きっとよ」と言い残して部屋に入った。
私は帰りの快速電車の中でずっとその言葉を考えた。
明日はきっと抱いてねという意味にしか私には聞こえなかった。
昨年の五月に有希子と別居して以来、セックスという行為はめったになかったし、真鈴とは何度か危ない場面があったが、そのたびに辛うじて踏みとどまっていた。
私は複雑な気持ちのまま大阪に帰った。
翌日、私はポートサイドホテルのロビーにいた。
ロビーに出てきた関さんは昨日と同じジーンズ姿だったが、複雑な色彩のタータンチェック柄のシャツを身に着け、髪の毛は肩まで下ろしてキャップはかぶっていなかった。
「おはようございます」と関さんは最初に言った。
「おはよう、広美。丁寧な言葉はやめてって、昨日の夜言わなかった?」
「そうだったね、ごめんなさい。今、チェックアウトしてくるからもう少し待っていて」
関さんはフロントへ駆けて行った。
彼女の後ろ姿は、駆けるではなく翔けて行ったように見えた
彼女が元気そうだったので私は安心した。
私たちはポートサイドホテルを出て山側に歩いた。
金融会社に勤めていたころの懐かしい通りの数々はそのままだったが、ビルや商店はかなり変わってしまっていて、アーケードの下の元町商店街は、昔立ち寄った店のほとんどが入れ替わっていた。
私たちはJRの高架を越えてトアロードを上がって行った。
いつの間にか無意識のうちに手をつないでいた。
北野坂はそれほど急な坂ではなかったが、関さんは暑さもあって「疲れた」と弱音を吐いた。
私たちは何ヶ所かの異人館を訪ねて、小さなレストランで軽く食事をしてから神戸を離れた。
京都までの新快速電車の中でも私たちは手をつないだままだった。
関さんは「こんなふうに男の人と過ごすのは初めて」と言った。
関さんは男性との親しい付き合いがないまま、穴吹の山の中に篭ってしまったのではないかと私は思った。
それはキスのぎこちなさにも表れていて、彼女のキスは唇を合わせる軽いものだったが、私が思い切って舌を差し入れてみると呻くような声を出した。
関さんはキスにも慣れていなかった。そして当然だが、何度キスをしてもカフェオレの香りはしなかった。
京都に着いたのが午後三時半ごろだった。
ホテルは四条堀川にあるガーデンホテルで、地下鉄烏丸駅から西へ五分ほど歩いたところにあって、京都の繁華街からはかなり離れていた。
そのため、設備は十分整ったデラックスなホテルにもかかわらず、料金は比較的低く設定されていた。
私は関さんと一緒に部屋に入り、太陽で熱された身体を少し冷やした。
このまま観光には出ずに一日ベッドで抱き合っていたいと思った。
真鈴や有希子のことが一瞬脳裏を横切ったが、かまうものかと頭を振った。
「昨年の九月に来たときはどのあたりを回ったの?」
「そうね、昨年もこのホテルに泊まって、ここから山の方向を目指して歩いて、清水寺とか東山のあたりに行って、それから・・・そうそう、京都はやっぱり金閣寺へ行かなくちゃと思って、バスに乗って迷いながら訪れたの。
初めての京都だったからスムーズに回れなくて、結局は有名なところはその二ヶ所だけ。
あとは地図を見ながら京都の街を散策して、夜は河原町通の京風料理屋さんで食べて・・・早めに部屋に戻ってジッとしていた」
関さんは瞳をクルクルと回して、去年の旅行を思い起こしながら語った。
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