第20話 オルティナの指導 ―入門編③―

「はぁっ……はぁっ……」


 荒く浅い呼吸を繰り返しながら、ラピスが切り伏せたツインズ・ウルフを見下ろす。

 その様子を、戦いの一部始終を見届けたオルティナが冷静に分析していた。


(やっぱり……この子、筋がいいな)


 戦闘は、一言でいえば『あっさり終わった』と言ってよかった。


 初めこそやや動きの硬かったラピスだが、それでも彼女の機動力を前にツインズ・ウルフは攻撃を当てられず、終始ほんろうされていた。


 得意の牙も、爪も、彼女を捉えることは出来ず。

 ついには強みであるはずの魔法を放つ"溜め"を隙として狙われ、あえなく双頭の首に致命傷の斬撃を受けた。


(試験の時も思ったけど足が速いな。

 魔法は、まだ覚えていないって話だったけど……魔力の使い方を体がなんとなく理解している?)


 いずれにせよ、これなら早く次の段階に移ってもいいかもしれない。


 今後の計画を練るオルティナに、ラピスが振り向いて、


「し、師匠……やりました! 私、勝ちましたよ!」

「うん、見てた見てた」

「これも師匠のおかげです! ありがとうございます!」

「うん、すごいね」


 <オルティナのコメント欄>

 微妙に会話かみ合ってなくね?

 ティナ嬢、絶対適当に返事してるだろwww

 褒めてあげて……

 可愛いなぁラピスちゃん


 飛び跳ねて喜ぶラピス。

 オルティナはそんな彼女に近づくと、背負っていた槍の柄でごちんと彼女の頭を軽くたたいた。


「あいたぁっ!?」

「まだ魔核を取ってないでしょう。最後まで油断しない。

 モンスターの死亡条件は知ってるよね?」

「そ、そうでした……。

 えっと、『魔核を機能停止に追い込む』か『魔核を取り出す』ことのどちらかです」


 ラピスの模範解答に、オルティナが頷く。


「確かに魔核は失血でも機能を停止するけど、確実じゃない。

 それを期待するなら、首を斬り落とすか胴体を半分にしないと安心しちゃダメ」

「わ、分かりました。

 あの……ちなみに首を斬り落とすのってどうすれば……」

「? 普通に斬ればいいでしょう」


 オルティナがなんて事のないように言って槍を振るう。

 面白いようにツインズ・ウルフの首が2つとも刎ね飛ばされた。

 ラピスは苦笑いしながら「精進します」と言うに留めた。


「先は長いです……」

「何ぶつぶつ言ってるの。さっさと魔核を取っちゃいなさい」

「あ、はい!」


 ラピスがツインズ・ウルフの胴体を解体用のナイフでさばいていき、胴体の中央にある握りこぶしほどの赤い結晶を取り出す。


 魔核とは、普通の動植物とモンスターとを隔てる象徴的なものだ。

 モンスターの心臓部にして、これが存在することで、モンスターは飛びぬけた身体能力や様々な魔法を操っている。


 そしてそれは、人間も例外ではない。


 ツインズ・ウルフの魔核を興味深そうに見つめるラピスに、オルティナが尋ねる。


「魔法を覚えていないってことは、まだ魔核も入れてないんだよね?」

「あっ、はい! 流石にちょっと高くて……。

 エメラルド・バードを売ったお金でも買えなくはないんですけど、出来ればもう少しいい奴を入れたいなって」


 ラピスの言葉に聞いた張本人であるオルティナが「ふーん」と興味なさそうに聞き流す。


 ラピスが言っているのは魔核のレプリカ、正しくはその構造を模したもののことだ。

 何を隠そう探索者たちは、そのレプリカを体に入れることで、空気中の魔力を取り込みレプリカを疑似的な魔核へと変質させていく。


 これにより人間という種族が通常取り込める魔力の上限を大きく引き伸ばすことができ、さらには魔法まで使うことが可能となるのだ。


 ただしこのレプリカは人造物であるため、臓器として存在するモンスターの魔核と違い成長することがない。

 よって魔力の許容量や最大量は体内に入れるレプリカの質によって決まっている。

 後々より性能の良いものにするには物理的に取り換える必要があるのだ。


 また体内に異物を入れるため手術が必要となるため、そうした手間賃を合わせるとかなりの出費になる。

 当然、入れ替えの際もこの代金は発生するわけで、探索者にとってレプリカ選びは慎重を期すものだった。


 ラピスもその例に漏れず、悩んでは辞めてを繰り返しているというわけだ。

 そんな彼女にオルティナは珍しく微笑みを浮かべながら、


「なら今度、私が見繕ってあげるから。勝手に買わないこと。いい?」

「えっ……ほ、本当ですか!?」

「まぁ妙なものを掴まされて修行が遅れても困るしね」

「あ……ありがとうございます!」


 ラピスが感激した様子で深く頭を下げる。

 それに視聴者たちも『良かったなぁ』や『良い師匠を持ったね』と彼女の明るい未来を祝っていた。


 しかしオルティナの脳内は全く別のことを考えていた。


(嬉しい誤算だ。優秀なら、その分さっさと修行を進められる。

 あとは適当なところで切り上げて、一人前と認めればいい。

 そうすれば弟子入り前の生活に逆戻りだ……!)


 そろって笑みを浮かべるオルティナとラピス。

 内心では真逆のことを考える二人そろっての初配信は、こうして無事に幕を下ろした。

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