第21話 ラピスの魔法――①
二人での初配信から1週間ほどが経過した頃。
ラピスはオルティナから『
(一緒にお店で選ぶとかじゃなかったんだ……)
と、わずかに残念がるラピスだったが、それでもオルティナのことは信用している。
目利きは確かだろう。
むしろ『あまり高い物だと支払えない可能性がある』と違う心配をしていた。
(出世払いにしてもらえるかなぁ。弟子割引とか……)
などと考えながらも、いよいよ探索者として一皮むける時が来た、とラピスは高揚感とともにオルティナの家を訪れた。
……そのはずだったが、
「あ、あの……師匠?」
「なに?」
「これって……」
オルティナが差し出した木箱をラピスが引きつった表情で見つめる。
中にはペーパークッションが敷き詰められていて、その上に――大きなミミズのような生き物がのたうっていた。
「
「す、すみません。初耳です。
ただ……なんだかすごく嫌な予感がします!」
「こいつは動物や人に寄生しては、宿主から魔力を奪って成長するモンスターでね。
面白いのは身体の殆どが魔核と同じ構造の細胞で出来ていて、特性なんかもほぼ魔核と変わらないの。
だからこいつに寄生された生き物は、擬似的に体内で魔核をもう1つ得ることが出来るようになる……」
オルティナの説明に、ラピスの顔からどんどん血の気が引いていく。
察しのいい彼女にオルティナは頷いて、
「お食べ?」
「やっぱり!」
ラピスが木箱の置いてあるテーブルから大きく飛び退った。
「そんな流れかなと思ってましたけど!
じ、冗談ですよね? 師匠はそんなひどいこと……」
「冗談じゃないよ」
「わ、私に何か至らない所があったなら直しますので! どうかご慈悲を……!」
「いや、別に嫌がらせで食べさせようとしてるわけじゃないんだけど……」
涙目でイヤイヤと首を振るラピスに、オルティナがシラけた目を向ける。
もちろんオルティナが言う通り、陰湿な嫌がらせのためにこんなことをしているわけではない。
ただ、やはり今のラピスのように忌避感が強く、レプリカが生み出されてからはあまり使われなくなった。
なにせ寄生虫だ。
それに確実に体内へ寄生してもらうため、生きたまま丸呑みしなければならないという、虫嫌いでなくても抵抗のある方法である。
おまけにオルティナが用意したそれは、手のひらから指先ほどの長さがあり、小指ほど太かった。
もはや寄生虫というよりイモムシの類だ。
絶対に嫌だ、とこれまでにない拒絶の意思をラピスはオルティナへと向ける。
「ふ、普通のレプリカじゃ駄目なんですか……?」
「それじゃあいちいち取り替えなきゃいけないでしょう。手術は魔法を使ったとしても体に負担がかかるし、新しい魔核は魔力の使用感も変わる。
その点、コイツは生きてるから魔力を与えれば勝手に大きくなるし、取り替える必要もない」
「で、でもぉ……!」
オルティナが仕方なさそうにしながら、メリットをとうとうと語る。
それにラピスはチラリと
「(ウゾウゾ……)」
「や、やっぱり無理ですぅ!」
全力で顔を背けるラピス。
オルティナがため息を吐く。
「これくらい我慢しなさい。
私なんて師匠に無理矢理食べさせられたんだから、説明してるだけ優しい方なんだけど?」
「そんなぁ……って、オルティナ様もコレを食べたんですか?」
「うん。これよりもう少し大きいやつをね」
「そ、それが強さの秘訣というわけですか……」
「……まぁ全部が全部、
でもあながち間違ってないよ。
剣も槍も使えなかった昔の私が、魔法一つで下層まで行けたくらいだから」
「おぉ……そう聞くと、何だかすごいものに見えてきました」
「でしょう? だから、ほら」
ずいっと木箱を押し付けようとするオルティナ。
いつもより輪をかけて強引な彼女だが、それも無理のないことだ。
魔核の質は魔力の総量や使い勝手に直結する。
つまり探索者にとって生命線といっていいものだ。
『ミミズ一匹で命が助かるなら安いもんでしょ』とはオルティナの師であるヴァイオレットの言葉だ。
オルティナはラピスを早く一人前にして弟子を卒業してもらおうと思っているが、それはそれとして、弟子にした以上、真面目に教育を行うつもりでもあった。
「あ、頭では分かってるんです! ただどうしても拒否感が……!」
「はぁ。仕方ない、それじゃあ締め落として意識を失ってるうちに……」
「そんな殺生な!
あっ、それじゃあその……師匠が食べさせてくれませんか?
あーんって。あはは、なんちゃって……」
「それくらいなら別にいいよ」
「え?」
がしっ、と何のためらいもなくオルティナが
「はい、あーん」
「ま、待ってください! まだ心の準備が……!
や、やっぱり無しで! 無しでお願いします!
そんなおっきいの入らな――もごがっ!?」
「噛まないで。丸呑みして」
ラピスの抵抗もむなしく、
数分後。
ラピスは部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
「乙女として大切な何かを失った気がします……」
うつろな顔でそんなことを言うラピス。
いつも元気いっぱいな彼女の初めて見る意気消沈した姿に、オルティナはいささか気まずい思いだった。
(そういえば私も散々泣きわめいたっけ)
ヴァイオレットに無理矢理、
あの時は1日中泣き通しだった。
当のヴァイオレットが罪悪感からオルティナのご機嫌取りに奔走したほどだ。
そう思えば、取り乱していない分ラピスは気丈な性格をしていると言える。
(確かあの時は……)
ヴァイオレットにしてもらったことを思い出すオルティナが、ゆっくりとラピスの元へ歩み寄る。
「ラピス」
「ふぇ?」
そして優しく彼女のことを抱きしめた。
「し、師匠!? なにを……」
「こうされると落ち着くでしょう?」
「ふぁ……はい」
「さっきも言ったけど嫌がらせでしてるわけじゃないから。貴女には……まぁ、期待してるから」
「師匠……」
ラピスの艶のあるサラサラとした金髪をなでながら、オルティナは彼女を慰める。
……見る人が見ればアメとムチによる洗脳に近いものがあるが、それに気づけるラピスではない。
「第一、そうじゃないとこんな高いものあげたりしないから」
「高い……あのモンスター高いんですか?」
「そこそこね。確か1000万くらいだったかな」
「いっせん!?」
数年間は遊んで暮らせるような額に、ラピスが勢いよく顔を上げる。
「は、吐き出します! そんな金額、払えません!」
「いや、別に払ってもらわなくていいけど……というかもう寄生してるだろうから、吐いても無駄だよ?」
「出世払いにしてもらえますか? 利子はいくらくらいでしょうか!?」
「……落ち着きなさい」
「あいたぁっ!?」
ぴん、とオルティナが指で額を弾く。
デコピンの威力じゃない……と涙目になったラピスへ、オルティナは呆れながら言った。
「師匠が弟子から金を巻き上げてどうするの。あげるって言ってるんだから、素直に受け取りなさい」
「で、でもぉ……」
「申し訳なく思うくらいなら、その分強くなって。そして一刻も早く独り立ちして」
後半はかなりオルティナの思惑が漏れていたが、それでも全て本心からの言葉だ。
ラピスが感激した顔で拳を握る。
「師匠……分かりました! 頑張ります!」
「そう。
じゃあ今日はもう帰って休みなさい。
寄生されたばかりの頃は魔力を大幅に持ってかれるから、しばらく安静にしてること」
「分かりました。あっ、もうちょっとなでなでを……」
「イヤ。もう十分元気になったでしょ」
「そんな……」
ラピスがしょんぼりと肩を落とす。
それにオルティナが面倒くさそうに「頑張ったらまたしてあげるから」というと、ラピスは嘘のように元気よく「はい!」と答えた。
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