第5話 ダンジョン配信なんてクソくらえだ――⑤

「もう大丈夫」


 力強くそう言ったオルティナに、ラピスはぽかんと口を開けた。


 心のどこかで『助けなど来ない』という絶望に蝕まれていたせいもある。

 しかし何より彼女はオルティナの美しさに目を奪われていた。


 安心感を与える頼もしい笑みに。

 モンスターをにらみつける怜悧な表情に。

 ツインズ・ウルフの炎弾を受け止めた、清廉な水の魔法に。


 それら全てが、ラピスからここが死地の戦場だということを忘れさせるほど、


「綺麗……」

「うん?」


 思わず呟いたラピスに、オルティナが目を向ける。


 そうして注意が逸れた彼女に向かって、ツインズ・ウルフが飛び掛かった。


「っ、危ない!」


 ラピスが必死の形相で叫ぶ。

 対してオルティナは冷静に、背負った槍を引き抜こうとして、


「あっ……あの人たちに渡したんだった」

「グルルガァァ!」

「チッ、仕方ない……」


 オルティナが空振りした手を腰元に伸ばし、佩いていた剣を鞘ごと抜き取る。

 そして喉笛を噛みちぎろうとするツインズ・ウルフの顎を、剣の柄でかち上げた。


「ギャウッ!?」

「ガァァ!」

「おっと」


 オルティナが殴りつけた方とは別の頭が、怯まずに噛みつこうとしてくる。

 身をよじって回避するオルティナは、うっとうしそうに顔をしかめた。


「なるほどね。頭が2つあるとそういうとき便利なんだ。それじゃあ、」


 まずは片方を徹底的に潰す。


 オルティナは鞘で包まれたままの剣を振りかぶると、ツインズ・ウルフの左首へ立て続けに打ちおろした。


 ガッ、ゴッという鈍い音が連続し、たまらずツインズ・ウルフが後ずさる。

 その頃には殴りに殴られた左の頭は顎が砕け、だらりと赤い舌が垂れ下がっていた。


「グルル……キュウゥゥ……」

「ここには人助けに来ただけだから。逃げるなら見逃してあげる」

「グルルル……!」


 オルティナがそう言うと、ツインズ・ウルフは双頭の目を血走らせ彼女をにらみつける。

 どいつもこいつも、とオルティナは面倒くさそうにため息を吐いた。


 こうなるともはや息の根を止めるより他にないわけだが……。

 オルティナは微妙な顔で手元の剣に視線を落とす。


「コレ……は、流石にやり過ぎオーバーキルか」


 オルティナの持つそれは迷宮遺物ダンジョン・レリックと呼ばれる迷宮産の武器だ。

 それらは多くが地上の技術では再現できない非常に強力な効果を有しており、彼女の剣も例外ではない。


 だが、それゆえに使いどころは慎重に選ぶ必要がある。

 必要以上に威力のある攻撃を放って、巻き添えを出そうものなら目も当てられないからだ。

 加えてオルティナの持つ迷宮遺物ダンジョン・レリックは燃費というか、使用するのにコストがかかるものであるため、中層のモンスター程度に使う代物ではなかった。


 ただそうなると、


(槍はさっきのパーティに預けちゃったし……しまったな)


 丸腰のようなものだ、とオルティナは乾いた笑いを上げた。


「あ、あの……」


 ツインズ・ウルフが距離を取ってから、微動だにしなくなってしまったオルティナに、ラピスが恐る恐る声を掛ける。


 それに振り返ったオルティナは、じいっとラピスの方を見つめた。

 正確には彼女が握っている剣を。


「ねぇ、それ貸して?」

「え? 『それ』って……?」

「貴女の剣。私のは訳あって使えないから」

「えっ、えっと……」

「ダメ?」


 わたわたと焦るラピス。


 剣は己の命を託す、戦場の相棒だ。

 そうやすやすと他人に渡していいものではない。

 極端な話、剣を受け取ったオルティナがそれを持ち逃げすれば、ラピスはモンスター相手に何も抵抗できないまま食われてしまう。


 そんなラピスの心配はオルティナにも分かっていた。

 しかしどうでもいいかと脇に置いた。

 そういう性格の少女なのだ。


 よそ見をするオルティナに、ツインズ・ウルフが先ほどの失敗をふまえ、フェイントのステップを踏みながら隙をうかがう。


 もたついている暇はない。

 ラピスは 意を決してオルティナに向かって剣を放った。


「ありがとう」


 信じてくれて。


 その二言目は胸の中だけに留め、オルティナがラピスの剣を構える。


 なんてことのない店売りの直剣は、激闘のせいか刃がところどころ欠けていた。

 それでも軸や刀身自体に歪みはない。


 モンスターの攻撃を下手に受け止めていたなら、こうはいかないだろう。

 やはり腕がいい、とオルティナは内心でラピスの評価を上げる。


 優秀な後輩は迷宮区の貴重な資源だ。

 少しサービスしてやろう、とオルティナは「見ていて」とラピスに言う。


水纏すいてん


 彼女が唱えるのに従い、刃こぼれしていた刀身に魔力が集まり、透明な水の膜で包まれる。

 同時にツインズ・ウルフが地を蹴って飛び掛かった。


 それにニヤリと笑うオルティナは、剣を縦に一閃する。


剣線弾雨けんせんだんう


 ビュン、と高速で振り降ろされる斬撃。

 そのあまりの剣速から、刀身に纏わりついていた水が飛沫となって撃ち出される。


 さながら雨の弾丸とでも呼ぶべきそれは、剣の軌跡をなぞるように一直線に飛んでいき――ツインズ・ウルフの胴体を真っ二つに切り裂いた。


 断末魔の声すらなく、ツインズ・ウルフが地に落ちる。


「終わったよ」


 その圧倒的な力を見せつけたオルティナが軽い調子でそう言うのに、ラピスは再びぽかんと口を開けた。








 /////////////////////



 ※以下、あとがきとなります※


 ここまでお読み頂きありがとうございます!

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 ……まだ序盤も序盤ですが。


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