第4話 ダンジョン配信なんてクソくらえだ――④
「はぁ……はぁっ……!」
(あの子がラピス……だよね?)
ツインズ・ウルフと向かい合う少女を見て、オルティナは今一つ彼女がそうだと確信できなかった。
聞いていた14歳という年齢にしては若干、背丈が大きく見えるのもそうだが、その少女はあまりにも満身創痍だったからだ。
陽の光に透かしたような綺麗なブロンドの髪は所々が返り血や泥で汚れ、くすんで見えてしまっている。
また額でも切ったのか、顔の半分は血で真っ赤に覆われていた。
どうやら配信デバイスをその塞がった片目にしか付けていなかったのか、あるいはもう片方は途中で落としたか。
真相はオルティナには分からなかったが、そのせいで配信画面がブラックアウトしたように見えたようだ。
体の至る所にも切り傷や打撲痕があり、白いシャツは赤く染まっている。
プリーツスカートなんて縦に裂けてしまっていて、眩しい太ももが見えていた。
何より重傷なのは剣を握っていない左腕だ。
あらぬ方向へ折れ曲がってしまっている。
そんなボロボロな状態で、しかし少女――ラピスは、瑠璃色の瞳に未だ消えない戦意を宿して双頭の狼をにらみつけていた。
「グルルル……」
「はぁ……まだ……まだだ。時間を、稼がないと……」
(あの子もしかして……)
力なく地面を向いていたラピスの剣先が、再びツインズ・ウルフの鼻先に狙いを定める。
それを見た双頭の狼は鋭い犬歯をむき出しにすると、咆哮と共に魔法を放った。
「グルルガァァァ!」
「くっ……!」
撃ち出されたのは人の頭ほどある炎の弾丸だ。
ラピスはふらつく足を懸命に動かしてそれを回避する。
標的を見失った炎弾が木々に当たり、じゅうじゅうと音を上げながら樹皮を焼き焦がす。
生木を燃やすほどではないが、人体に当たればひとたまりもない火力だ。
ラピスの背筋に冷たいものが流れる。
そうして彼女が気を逸らした一瞬の隙をついて、ツインズ・ウルフが肉薄した。
4つ足の状態で少女の背丈に並ぶ巨体が、その全体重を乗せて彼女に体当たりを見舞う。
「ぐうっ、あぁ――っ!」
衝撃が体を貫き、全身の痛みを誘発する。
それでも吹き飛ばされる寸前、ラピスはツインズ・ウルフの顔を目掛けて剣を振るった。
「っ、ああぁぁぁぁっ!!」
「ギャアオッ!?」
切っ先がツインズ・ウルフの顔を浅く切り裂く。
驚いて追撃を止める双頭の狼に、ラピスは地面を転がりながらも、すぐさま起き上がった。
そして再び油断なく剣を構えて見せる。
(間違いない)
そんな一連のやり取りを、オルティナは肉眼と、ブラックアウトしたラピスの配信、その両方で見ていた。
そうして導き出した結論を無意識のうちに呟く。
「あの子、自分で
より正確に言えば。
彼女の悲痛な叫びを聞いた仲間たちが、恐怖や罪悪感で逃げ足を鈍らせることのないように。
もちろん本人から聞き出さないことには、オルティナに真相は分からない。
しかし意図的に声を乗せないようにしているのであれば、そうとしか考えられなかった。
事実、先ほどオルティナが助けた3人組は『撤退する』と言ってもすぐには頷かなかった。
結局は我が身可愛さがたたって、リーダーの少年はオルティナの機嫌を損ねるような振る舞いをしてしまったわけだが。
それでもラピスの命が手遅れでないと分かっていれば、違う行動を取ったやも知れない。
時間を稼がなきゃというセリフも。
叫び出したいほどの苦痛に耐えているのも。
全ては仲間たちが逃げおおせるようにするためだった。
何かを待ち続けるようにして剣を構えるラピスの姿に、冷え切ったオルティナの心がわずかに熱を持つ。
(まだ、こんな子が居たんだ……)
ダンジョン配信という視点で見れば、彼女の戦い方はエンターテインメントどころではない。
むしろ見る人たちに痛ましい思いをさせる、ひどいものだ。歓迎もされないだろう。
けれど、ダンジョン探索者として見たならば――。
「くっ……ぁぁ……」
ぐらり、とラピスの体が大きく傾き、しりもちをつく。
すでに意志の力だけではどうしようもできないほど、肉体は限界を迎えていた。
その致命的な隙をツインズ・ウルフは見逃さない。
「グルルガァァァ!」
双頭の口に魔力が集まり、炎の塊が形成されていく。
ラピスを焼き尽くさんと放たれたそれに、ここまでか、と彼女が無力感にうなだれた時、
「
声と共に、ぱぁん、という何かを打ち付けたような音が響く。
ラピスが顔を跳ね上げると、炎弾はどこからか現れた水の壁によって阻まれていた。
そしてツインズ・ウルフから自分を守るようにして立つ、何者かの背中が目に入る。
「遅くなってごめん……もう大丈夫」
自身の瞳の色と同じ瑠璃色の髪をなびかせるその少女――オルティナが、不敵な笑みをラピスに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます