第19話 カナミという人間


「うひょおおおおお」

 ユウトは、トームにもらった笛をふいた。すると、森の中から方角ほうがくウサギが現れた。それは以前、うたげを開いたときに出会ったウサギだった。

「おお、お前は確か」

 ユウトは言った。方角ほうがくウサギは、首をカチカチ回した。

 ユウトは頷いた。「このウサギは、尋ねると、知りたいものがどの方角ほうがくを知ることができる!」

 カナミの居場所を問うと、首をカチカチ回して、カナミのいる方向に向いた。

「面白いですね」カナミは頷いた。「このウサギは、どんな質問にも答えてくるのでしょうか?」

「やってみろ」

 カナミは頷いた。「では、私たちが進むべき方角は?」

 ウサギは、首をカチカチ回しながら、北東を指した。

「やりました」

「じゃあ、俺たちが進むべじゃない方角は?」

 方角ウサギは、首をカチカチ回して、北東を指した。

「あれ、どういう事だ?」ユウトは首をひねった。「俺たちは、北東に進むべきだけど、進むべきじゃないって、どいうことだ?」

「何だか意味不明です」

 ユウトはもう一度ウサギに尋ねた。

「俺たちが、これから向かう先は?」

 ウサギは、カチカチ首を回すと、北西を示した。

「意味不明だ」

 カナミは言った。「もしかしたらですけど、わたしたちの目的地は北東にあるかもしれませんが、その前に立ち寄る場所があるのかもしれません」

「どうしてだ?」ユウトは尋ねた。

「確かめてみる必要がありそうです」

 頷くと方角ウサギに別れた。

 北西に向かって歩い出していくと、森の動物が泣いていた。

「どうした?」

 尋ねると、動物は足をくじいてしまってて、家に帰れなくなった。ユウトは、森の動物をおんぶしてやることにした。

「よし、俺が連れて行ってやる」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 しばらく行くと、青い花が咲き乱れる草原があった。ユウトは、何も考えず、突き進もうとした。だが、動物が教えてくれた。この草原には魔法がかかっていて、知らずに足を踏み入れてしまうと、眠りの世界に引き込まれてしまう。

「あぶねぇ、あぶねぇ」

 ユウトは、動物にお礼を言うと、草原を迂回うかいして進んだ。

 すると、今度は、動く岩が浮遊する場所に辿り着いた。岩は森の中を縦横無尽じゅうおうむじんに動き、ゆっくり動く岩もあれば、高速で動く岩や、不規則ふきそくに動く岩もあった。

 ここを通り抜けなければならなかった。

 二人だけなら、素早くけて通れるだろうが、背中に子どもを背負った状態では、そうもいかなかった。

「どうしますか?」

 ユウトはふたたび笛を吹くと、方角ウサギを呼び出した。そして、進むべき方角を尋ねると、浮遊ふゆうする岩の方角を示した。

「進むしかなさそうだ」

 ユウトは、背中に野生の動物の子どもを背負って歩き出した。

 それから、しばらくして、どうにか切り抜けた。浮遊する岩は、縦横無尽じゅうおうむじんに動き回るので、動きを読むのが大変だった。

 そして、切り抜けた先で、子どもの親に出会うことができた。

「ありがとうございます」

 ユウトは、母親に子どもを引き渡すと、お礼に通行証を受け取った。

 通行証は、ドングリだった。

「これは?」

「この先で、検問を行っています。森の奥に行くのなら、必要になるはずです。どうか、持って行ってください」

 ユウトは礼を言うと、カナミとともに歩き出した。

 しばらく行くと、検問があった。誰かがやっている訳ではなかった。ここは魔法の森なので、むらさき色の霧が辺りにただよっていて、それが検問になっていた。

 ユウトと、カナミは何事もなく通り過ぎた。





 が落ち始めていた。

 ユウトと、カナミは大きな木の根元に寄りかかって休憩きゅうけいしていた。

「今日はここまでかな」

 ユウトは、空をながめた。

「ですね。陽が暮れてきました。が暮れてからの、闇は早いですからね。早めに、炎をいて、夜の準備をしないとです」

 ユウトは、まきを集めに向かった。その間、カナミは食料を集めに向かった。

 そして、三十分ほどして、また戻って来た。

「お疲れさま」

 二人は互いをねぎらい合った。

 ユウトは、カナミが採集して来た果実を食べると、横になった。いつの間にか、空には星が一つ、二つ輝き始めていた。

「寒いです」

 毛布がないので、ユウトはまきをくべて温かくした。

「ありがとうございます」

「うん」ユウトは空を見た。

「何を見ているですか?」カナミは言った。

「ただ、何となく空を眺めているだけ」

「いいですよね。星。わたしは、空に浮かぶ星が大好きです」

「そっか」ユウトは思いついたことを口にした。「カナミってさ、いつも何考えているんだ? 俺、お前のこと知っているようで、知らないよう気がして」

「どうしたんですか、急に?」

 ユウトは寝そべりながら笑った。

「何となくだよ」

「何となくですか」カナミは笑った。「わたしのことなら、幼馴染のユウトさんなら、だいたい知っていると思いますけど?」

「いや」ユウトは首をふった。「知らない。だって、お前、お嬢様だろ。なぜ、こんな危険な旅について来たんだ?」

 カナミはしばらく黙っていた。

 そのうち話し出した。

「お嬢様だったからですよ」

「意味わかんねぇ。お嬢様は、衣食住いしょくじゅう、すべてがめぐまれていて、誰もがうらやむ暮らしだろ?」

「確かに表面上はそうですね。だけど」カナミは言った。

「お嬢様には裏の顔があります?」

「何だよ」

 カナミは小さく吐息といきを吐いた。。

「お嬢様は、おしとやかでなければならないですよ。何でも、お嬢様。女の子あつかいです。例えば、庭を走り回りたくても、お嬢様はそんなこといけません。お腹一杯ご飯を食べたいけど、女の子なのにはしたない! 好きな本を読むのにも、お嬢様は教養のある本を。わたしは、冒険ものの小説が大好きでした。あと、魔法の世界の歴史という本がすごく好きだったんです。でも、お嬢様は、礼儀や、人前での振る舞いかたの教科書を読まなければなりませんでした」

 ユウトは笑った。「うんざりだな」

「そうです。一日ならともなく、毎日となれば嫌にもなります」

 ユウトは笑った。

「それで家出したのか」

 カナミは悪戯っぽく微笑んだ。

「いつか、家を飛び出してやろうと思っていました。だから、わたしはあなたと付き合うことにしました。家がなく、両親がいなくて、貧しかったあなたを」

「どうして?」

「女の子は、強くなくちゃ生き残れません。わたしは、家出をしようと決めてから、あなたと過ごすようにしました。理由は、お嬢様としてではなく、今度は、一人で生き抜ける、一人前の女になりたかったからです」

「やっとわかったよ。お前のようなお嬢様が、どうして俺のような半端はんぱ者と一緒にいたのか。隣の家の鳥を盗みに入るようなことをしたのか、ずっと分からなかった」

 二人は、お腹が空いて、隣の家の鳥を盗んで食べたことがあった。

 ユウトは笑った。「おまえ、やっぱり変っているな」

「わたしは、本気だったんです。ずっと、お嬢様として生きて行くのか、それとも強い一人前の女として生きて行くのか、ずいぶん悩みました」

「それで答えはできたのか?」

 カナミは微笑んだ。「今がその答えです。わたしは、やっぱり鳥かごのような家で幸せに暮らして行くより、自分の人生をあゆみたいと思いました」

 ユウトは頷いた。「なら、強く生きて行けよ。困ったときがあったら、俺が助けてやるから」

 カナミは首をふった。

「わたしは、一人でも生きて生けるから、大丈夫ですよ」

「そっか」

「……でも、でも、やっぱり本当に困ったら、少しだけ助けて下さい」

 ユウトは寝返りをうった。空には満天の星が輝いている。

「勿論。俺は、いつでも、おまえのそばにいるから」

 カナミは、ゆっくり目を閉じた。

 そして、いつしか二人は眠りの世界に落ちて行った。

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