第11話 世界の奥底


 三人は霧の世界の奥底へたどり着いた。

 そこは、千年前の世界だった。霧があふれ出し、みちびいた。

「何なのよ、ここ」カーマンは驚いた。

 そこには、色鮮やかな世界が広がっていた。今現在の世界の大地は、樹木に包まれきりに覆われていたが、千年前のその世界は霧につつまれてはないかった。三人の目の前にあった風景は、繁栄はんえいを極めた魔法都市があった。

「うおおお、凄い場所だ」ユウトは、その場に立って眼下をながめた。

「どうやら、ここはずっと昔の場所のようです」カナミは言った。

「俺、こんなすごい場所はじめて見たぞ」

 男が現れた。その男は慌てた様子で街を歩き出した。

「何だあの男は?」ユウトは言った。

「追いかけてみましょう」

 三人は男の後を追った。男が向かったのは、古代都市の中でも最上段に位置する王宮おうきゅうだった。男は、そこの特別魔法・研究員をしていた。

 男は、いつものように研究室にたどり着くと、仕事を始めた。男の仕事は、魔法を生み出す仕事だった。

 これまで男が生み出した魔法は、幾つもあった。ファイヤ、ブリザード、サンダーなど、基本的な魔法から、人々を喜ばせる幸せの魔法を生み出していた。

 その日、唐突とうとつに事件は起こった。

 魔法王国に、突然サイレンのようなものが鳴り響いた。

 男は、何が起こったのか分からず、慌てふためいた。

 だが、すぐに、悟った。警報が鳴る理由は一つしかない。敵が攻めて来たときか、もしくは、魔法事故などによる非常事態が起きた時だった。

 男はすぐに非常事態の原因を、悟った。とある研究室で、魔法が暴発してしまった。それは、世界をおぼやかす危険な魔法だった。

 王宮の上空に異次元につながる穴が広がった……!

 男は、すぐに事情を尋ねに向かった。そこで分かったのは、それが取り返しのつかな魔法の発動だったことだ。

 発動した魔法は、この世界に魔王まほう召還しょうかんを意味していた。

 魔王は、闇より生まれ、この世を混沌こんとんへと返すものの意味だった。

 男は、この魔法の解除かいじょを試みた。だが、失敗に終わった。というのも、この魔法は一度発動させた瞬間より、解除不能かいじょうふのうな種類の魔法だったからだ。

 男は、どうにかならないかと頭をめぐらせた。そのとき、王女が現れた。

「この、魔法をどうにかしなければなりません」

 王女は真剣な表情で言った。

「一度、解放しまっ魔法は、元には戻せはしないのです」

 王女は尋ねた。「もう、打つ手がないということですか?」

「残念ですが。この魔法は、我々の手を離れ、王国……いや、王国全土を滅ぼすでしょう」

「私たちに出来ることは?」

「もう、ありません。私たちは、ただ滅びゆく世界を見守るだけです」

 男と、王女は、滅びゆく王国の姿を見た。発動された魔法は、魔法王国の上空に風穴を開け、穴を広げながら世界を飲み込んでいく。

「ああ」王女は、悲しみに顔をゆがめた。「百年続いた魔法王国も、これで終わりなのですか」

「もう、打つ手がありません」

「あっけないものですね」

「運命とは実に残酷なものです」

 王女は悲観した。「ああ、何という悲劇。せめて、もう少し時間がもっとあれば……」

 男は、誰もいな廊下で王女を抱き寄せた。

「何をするのです?」王女は距離をとった。

「世界が終わるのですから、もう私たちの恋を邪魔するものはいません」男は言った。

 王宮内では、慌てふためく兵士の姿や、王宮の人々の姿見えた。みな、パニックに陥ったり、頭を抱えている。

 周りのものを見る余裕はなかった。

「まさか、私たちの恋がこのような形で結ばれるとは」王女はなげいた。

「あなたを愛しています」

「わたしもです」王女は悲しみの中で男を見た。

「ああ、これが最後の日だというのなら、わたしはあなたにくちびるにキスしたい……」

 王女は優しく微笑んだ。

「わたしもです」

 王女にとって、それは生まれて一度もしたことのないものだった。

 男ははにかんだ。

「運命とは、本当に残酷ですね。どれほど、あなたと結ばれることを願ったのに。だけど、現実はそれを許してくれなかった……」

「私たちが結ばれるには、こうなるより他なかったように思えます」

「まるで呪われているかのような人生ではありませんか」

 王女は悲しそうに、顔を伏せた。

「離れたくありません」

「わたしもです」男は、王女をはしらの陰で抱きよせた。

「わたしは、あんたともっと多くの時間を過ごしたかった」

「わたしもです。だけど、もう時間がない。私たちに残された時間は、もってあと数分のものでしょう」

「では、最後の瞬間まで私にキスしていて下さい」

 男は王女に初めてのキスをした。

「とても幸せです」

 男は、首を傾げた。なぜか王女の表情が気になった。

「何を考えてているのですか?」

「わたしは、わたしの幸せを考えると同時に、この国の王女であることを思い出したのです」

「それで?」男は尋ねた。

「『初期再生』の魔法を思い出したのです」

「いけません」

「思い出してしまったのです」

 男は首をふった。「ダメです。その魔法は、自分の命を犠牲にして、願いを叶えるという危険極まりない魔法です!」

「これを使うより、世界を救う方法はりません」

 男は首をふった。「分かっているのですか? この魔法の本当の恐ろしさを」

 王女は頷いた。「『初期再生』の魔法は、自分の身を捧げるととに、自分のたましいを捧げるという大きな代償だいしょうともないます。魂を捧げるということは、魔法にたましいを吸いつくされ、取り込まれるということです。つまり、魔法の一部となって、自身の消滅しょうめつを意味します」

「そんなこと許されない! あなたを犠牲ぎせいにするなど」

 男は、必死に首をふった。「分かってはいない! 魔法が成就されれば、あなたは一生、この世界に縛り付けられることになるんですよ! それは、解放されない苦しみを背負うこととに他なりません」

 男のまぶたから涙があふれ出した。

「それでもわたしはこの世界を救いたい!」

「なぜですか? あなたと私の残された時間を、わたしたちの愛のためだけにつかうことは許されないのですか?」

「愛するということは、何も一人のものを愛するというものではないのです。愛とは、この世界の小さな生き物から、草や、花に至るまで、そのすべてのものを愛することなのです。わたしがあなたを愛したように、わたしはこの魔法王国、この世界のすべてを愛しているのです」

「だとしても」

 王女は笑った。「あなたを愛しています。ですが、私は同時にこの世界を救いたちと思ったのです」

 男は、王女の口をふさぐように、優しくキスをした。

「もう、分かりました。では、一緒に参りましょう。とこしえの愛に向かって……」

 王女は、耳を疑った。「今何と!?」

「あなたと共に歩みます!」

「いけません」

 男は首をふった。「もう決意しました。あなたが世界を愛すというのなら、わたしも、この世界ごとあなたを愛しましょう!」

「そんな」

 今度は、王女が驚愕きょうがくする番だった。

 ここに王女の誤算があった。『初期再生』の魔法を使うのは、自分だけで、犠牲になるのは、自分一人だけだと思い込んでいた。

 王女は首をふった。「ダメです、これは王族である私の責務です」

 男も首を振り返した。「あなたを愛した瞬間より、私の責務に変わったのです」

「そんな」

 男は、優しく微笑んだ。男の愛はこの世の何よりも深かった。

「どうか許してください。王女の最後を望みを聞いてやれない、不甲斐ふがいない男であったことを」

 王女は文句を言って男の胸をたたいた。

 そして、王宮の宝物庫に入ると、そこにあった黄金の書架を使って、二人で魔法を唱えた。

 そうして、世界は救われた……。

 だが、魔法は不完全だった。

 理由は分からない。もしかしたら、時間が足りなかったのか、それとも不良ふりょの事故の見舞われたのかもしれない。

 そのとき何かがお起こって、世界は分断され、深いきりに覆われたのだった。

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