恨みのぶつけ合い

私が小松さんの姉のパソコンで見た投稿、それは恐らく私の父親が恨みであげたものなのだろう。

内容は信じ難いものだった。

『今日たまたまアイドルの『megumi』っぽい人と会ったんだけど同い年くらいの男の子と一緒に歩いてた。しかもすごいいかがわしい会話までしててマジでキツかったw あんなのが天使系アイドルなのか?』

SNSを初めてすぐ設定をせずにいると表示される灰色のアイコンは私にとっては胡散臭いものでしかなかった。

アイドル活動をしているとデマというものは必ず流れる。そういう内容は私の場合決まってあの灰色の人型のアイコンによって引き起こされているのだ。

しかし、その度に私のファンが証拠を集めては否定をしてくれていたのだ。


だが、現実というものは非情だ。人間というものは恋愛系統のスキャンダルは擁護したがらないのだ。

ごく少数の人が声を上げてそれは違うと言ってくれるのだが、その声はすぐに他のユーザーに揉み消されてしまう。

引用の嵐、私の公式アカウントの固定投稿への真偽を確かめようとする偽善者への同感のコメントの嵐……。

今まで他人事として気をつけなきゃと見ていた悲劇が全て私に降りかかってくる。


気づけばなっていた電話を取っていた。

「大川さん、SNSで大川さんのことがすごい話題になってるけど、どうするの!?このままだと大変なことになるよ!?」

わかってる……。そんなのわかってる。

今ここで私が違うと言わないと。

でも、信じてくれるのか?このような事件があった時に私が見てきた人達も事実無根ですなどと言って結局は信じてもらえずにアカウントがいつの間にか消えていたり、鍵がかかっていることなどが多々あった。

「……ってます。」

私は声を振り絞って返したつもりが、言葉にならない。


「なんて?ごめん、聞こえなかった!」

マネージャーの川村さんの声がやけに大きく聞こえる。

傷を抉るようにその声は私が何を言ったのかをしつこく聞いてくる。

「もう電話、かけないでください。」

なぜかスルッと出たその言葉で私はケータイをそっと机の上に置く。

画面に出ている赤いボタンを押し、途方に暮れる。

周りに見える部屋の色は私の心を表すようにどこも暗い色で変わることがない。


「大川さん、あのSNSに上がってるのって流石に嘘だよね!?もしそうだとしてもただ大川さん助けてくれた須井君と一緒にいた時だよね!?」

そう言って小松さんが部屋へと入ってくる。

お願いだからその話をしないで、そう思ったが心配してくれている小松さんにそんなことは言えない。

「全然……ただの、ただの……う、恨み……。」

そう言葉を振り絞る。

「まさか、あれあんたのお父さん、いやDV男の投稿なの!?なら身近な人の私がガツンと言ってやらないと……!」

そう言ってスマホを取り出す小松さんの手を私は無言で掴む。

「……めて。」

「え?」

「やめて……。小松さんまで叩かれる必要は無いよ……。」

こういう時に擁護をしたアカウントは、何かしら厄介な人達に巻き込まれて同じようにSNS上から失踪することが多い。そんなことに小松さんになって欲しくない。


「でも、こんな黙って見てるなんて……あんまりだよ。どうにかしないと向こうの思うつぼだよ!」

確かに小松さんの言う通りではある、けれどここで下手に動くともっと騒ぎを大きくしかねない。耐えるか向こうが虚偽の情報だと謝罪するまで待つしかないのだ。

「今はすごい炎上してるけど、そのうち報道陣とかが面白がってインタビューに来るはず。そこでみんなも一緒に言ってくれれば……。」

SNSの投稿を覆すにはマスコミの力を借りる他にもう手はない。それほどマスコミの力というのは絶大だ。


「じゃあ、黙って見てるしかないのかぁ……。うちらはそのインタビューの時に大川さんの力になればいいんだよね?」

「今は、そうするしかないね……。」

小松さんのスマホからは今もスポンスポンと投稿が更新されている音が聞こえてくる。

それを二人して黙って聞いているこの時間。今のこの時間はなんなのだろうか。

「で、でもあの人には言っておいた方がいいんじゃない?」

そう言って小松さんが表示してきたのは須井くんと村川君のチャットアカウント。

「うん、そうだね……。お願いしてもいい……?」

やっとのことで声が出せるようになってきた。

そうだ、何も知らない人たちが騒ぎ立てているだけだ。そう信じることにしたのだから。


「お父さん、どこまでやったら気が済むんだろう……。」

ふとそんな言葉が口に出て、同時に恨みのようなものが込み上げてくる。

本来、家族や身内には湧かないような恐ろしい考えの恨み。

「絶対に許さない……刑務所にでも、何にでも絶対に入れてやる……。」

もう父親という概念で捉えるのもやめよう。

今までは一応は育ててくれていたという感謝から父親として見ていたが、もうそれも我慢の限界だ。

もうあの人は父親ではない。赤の他人だ。


◆◇◆


「ふ〜ん?なるほどね。この前の引退するかもってのはオーディションの時期と重なってたから分からなかったけど、このスキャンダルのせいなのかな〜?でも、アイドルを辞めるのだとしたら絶対にmegumiちゃんは俺のものにしてやるぞ!ふへへへへへ!」

暗い部屋の中で、この少年はまたもよからぬことを考えているようだ。

そして、少しずつ彼女の正体へと近づいていた。

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