憑依

「つまり、須井くんは両親が決定できないことを代わりに決断して実行したのですね?」

「まぁ、良いように言えばそうなるな。」

だが、どうしたって僕が妹の命を断つ選択をしたのは確かだ。その事実はどうやったって覆せない。

「でも、その決断をその時に決められたのはすごいと思います。私なら夢を信じてしまったと思います。」

「夢……?」

「はい。私なら少しでもある蘇生の望みを選択していたと思います。だって、家族の一員ですもの……。」

確かにそうだ。普通、家族の蘇生の望みがあるにも関わらず、進んで切ろうとする人はほぼ居ない。ましてや、対象が若かった場合は更にそうだ。

「確かにな……。僕もその時は妹がどうすれば苦しまずに済むかなとしか考えてなかったんだ。呼吸器を付けられている間は呼吸をさせられてるみたいな感じで……。どうしても辛そうに見えた。」


妹はいつでも元気だった。何をするにも元気で、クラスでもムードメーカー的存在だったらしい。

修学旅行のあの日も率先して自らクラスをまとめるクラス運営係になっていたという。

そして、バス内イベントを行おうとマイクを持ってアナウンスをしている時にあの悲劇は起きたという。


あれを聞いた時の僕はどうやって病院に行ったのか、何時ごろかさえも覚えていない。

とにかく、気づけば病院に居た。目の前で機械から空気を入れられ、常に酸素濃度などがモニターに表示されており管理されている妹の姿がそこにはあった。

いつも家でも笑顔の絶えなかった妹が、驚きと苦しみの混じったような見た目でベッドに横たわっているのを部屋の外のガラスから眺めた時は何を自分は思っていたのかさえ分からない。


「妹を楽にしてあげよう。」

家でそう発言したのは紛れもない僕だった。

初めは両親共に僕が何のことを言っているのか分かっていなかった。しかし、理解した後はしばらく黙り込んでいた。

いわゆる大川の言っていた、夢を信じようとしていたが大人でもある立場から現実もわかっていたのだろう。

そんな迷っている段階で、早めに決心をつけていた僕が楽にしてあげようと提案したことで決めきれなくなったのだろう。

「後は淳、あなたが決めなさい。」

そう言ってきたのだ。


「そう言うわけで、僕はその次の日に主治医さんと相談して蘇生の見込みとか、色々を聞いて決めさせてもらったって訳だ。」

なんだかんだで自分のことについて語りすぎた。そう思っていると大川の方からこんな言葉がした。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。そんなに気にしないで。」

「明梨?明梨なのか!?ていうかどうして……。」

そう声のした方向を見てみるも、声の正体は未だに分からない。

大川も長話のせいで疲れてうとうとしかけているようなので、あんな小細工をする暇もないだろう。

ただ、大川に一瞬だけ妹が降りたとしたら話は別だ。昔は降霊術なんてものもあったらしいし、ありえない話ではない。

僕はとりあえず、うとうとしている大川を連れて汚らしい家から出た。


◆◇◆

昔からたまに言われることが1つあった。

「大川さん、たまに昔ここに所属していたメンバーの面影を感じることがあるんだよね……。」

最初にそう言ってきたのは、マネージャーの川村さんだった。

演技?いいや違う。その話をされた時のことは私の頭の中の記憶には全く残っていないのだ。ただ、演技した後の喉の渇きや、疲れはちゃんとあるので演じていたことだけは分かる。

「今の良かったよ!もう1回このシーンでできる?」

そう言われても、どのように行動していたかの記憶がない以上は想像で動くしかない。

もちろん、基本的にそうではないと言われ別日の収録、もしくは一番近い演技のものを採用されることになっている。

正直、私としても納得はしていない。ただ、その特殊な能力があることに関しては他の人よりも何倍も強いと思っている。

そして、最近少しずつその状態になる時の条件もわかってきた。

何かしらの同情でき、それと似た境遇で身近な人がいること。これがおそらく条件なのだろう。

そして、その上で憑依には2パターンがあると予想している。

普段の私のように生き生きと動く行動型、そして急にこときれたようになって憑依の起こる不動型の2つである。

今回は須井くんへの同情、そして身近な人という2つの条件を一気に達成したために起こったのだろう。

気づけば私は、いつもの憑依が起こった時の疲れを感じながら須井くんに連れられて昔の私の家を離れていた。

「あれ……ここは……?」

そんな言葉で騙すことにはなるが、状況を聞いてみることにする。

「ここはお前の昔の家の近くの最寄り駅だ。お前が急にフッと寝たような感じになっちゃたからここまで運んできたんだ。」

なるほど、今回は不動型の憑依が起こっていたようだ。

想像してみれば、行動型の憑依になっていたら私は須井くんに何をしたか分からない。想像しただけで少し恥ずかしい。

「どうした?大川。顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」

「違います!気にしないでください!」

須井くんは私のその言葉を聞いた後で首を傾げていた。

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