苦い記憶

「私も昔はあの子に対して色々と嫌なことをしてしまっていたと今でも思っているのよ……。正直、こんな私を頼るよりも、須井君。あなたのような人に娘は頼ったほうが絶対いいはずなの。今はしょうがないから私に頼っているだけ。そうでしょう?」

大川の母親はそう言って電話を切らないまま、無言でいた。

「いいえ、それは違うと思いますよ。大川はあの時自分でちゃんと母親に頼ることを選択していました。そう言う点でも、まだ信用されているし、大川の中では大切な母親という立ち位置のはずです。」

大切に思える誰かがいる。それはとても良いことだ。僕も両親は少し離れたところで暮らしているが、僕のことをとても大事に思ってくれている。ただ、僕は……。

「そうよね……。まだ頼ってもらえているってことは、私はまだ信頼されているのよね?そうね……ならよかった。」

考え事をしていると、それを遮るように大川の母親がそう一言もらす。今はそれを考えてはいけないというようなタイミングだった。


そして、タクシーが止まる。どうやら指定した住所についたようだ。僕はお金を払った後で、スマホを見る。まだ電話は繋がったままだ。

「須井君。223号室よ。恐らくそこに私の娘はいるはず。」

指定された部屋の扉を開けると、そこには首輪のようなものを付けられている大川がいた。

「大川!おい!待ってろ、今とりあえず喋れるようにするからな……。」

「いてて……。ありがとうございます。須井くん。」

大川に教えられて机の上にある鍵を使って開放すると、大川は思いもしないようなことを聞いてきた。


「こんなこと聞くのは失礼とはわかっているんですけど……。須井くんは、家族は全員健康で生きていますか?」

。この言葉がきた時点で、大川はどこかしらで僕のあの情報を掴んでしまったのだ。

「隠してもしょうがない。正直に言おう。妹は死んでいる……。2年前に。」


あれは妹が修学旅行に行った時だっただろうか。

高速道路での移動中に横から来たダンプカーがブレーキとアクセルを踏み間違え、バスに激突。ちょうど真横にいた妹は意識不明の重体。

僕と両親はすぐに病院に駆けつけ、妹の容態について尋ねた。

「見込みは薄いです。」

「つまり、それは……」

「はい、植物状態のまま人工呼吸器を付け続けることになります。」

両親はそれに対して決められないと答え、僕もその場ですぐに決めることはできなかった。

ただ、僕の中ではこのまま妹が植物状態で苦しんだまま生き続けるのは辛いだろうなと考えていた。


家に帰りそのことを両親に伝えると、両親もその言葉に納得してくれた。

そして、僕にこう言ったのだ。

「これは淳。お前がやる方がいい。」

なぜと聞いても、両親は答えてくれなかった。

親が同伴してくれた方が僕の心的にもよかったのだが、そうもいかずに結局僕は一人で病院に行き、妹の呼吸器を外すお願いをした。

「本当によろしいのですね?」

「はい。その方が彼女も楽になれるというのが考えです。」

「わかりました。では外させてもらいます。」

そう言って、主治医が何やらバーコードの読み取り処理などをした後で、呼吸器を抜く。

ピーと、甲高い音が鳴った後で、静寂が訪れた。


この時、僕は自分の判断で妹を殺してしまったということに気がついた。

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