真実と事情
「携帯、出せ。」
そう言って父親は信号待ちの間に、私に手を伸ばしてくる。
「嫌だ。渡さない。」
そう言うと父親は私に向けて手を伸ばしてくる。
「いいから出せって!」
走行している間に信号は青になっていたらしく、後ろの車からクラクションを鳴らされる。
「ちっ……ラッキーな奴だな。」
そう言って父親は車をまた走らせる。
ここまで時間を稼ぐのには理由がある。母親だ。母親にメッセージさえ送ることができれば、この状況を打破することができる。
「はい、これが必要だったんでしょ?」
信号停止中に私は父親に向けて携帯を投げる。
父親はそれを舌打ちしながら受け取る。
そして、たどり着いたのは昔の家。私と父親と母親で暮らしていた家。まだこんな薄汚いアパートで暮らしていたのかと思うと少しかわいそうに思えてくる。
案の定、昔から片付けが苦手だった父親の部屋はカップ麺のゴミや、コンビニ弁当のゴミがまとめられているが、分別がされていないために回収されなかったのだろう。部屋の中に大量に散乱している。
「これじゃあ須井くんの家と同じような環境じゃないですか……。」
そう呟くと、父親は部屋の中をうろうろするのをやめ、私に問い詰める。
「その須井とか言うやつがあの男の子か?」
「そうですけど……何か?」
私は反抗的に父親に対して返事をする。
「あいつには近寄るな。いい噂がない。」
いい噂がないとはどう言うことか。あんなに性格のいい人に悪いことがあるはずがない。
「あの須井とかいう男は家族の蘇生の機会を断ち切ったらしいんだ。そんなやつをお前は信じられるか?あんな奴といるなら俺といたほうが安心だぞ?」
蘇生の機会を断ち切った。その事実は衝撃だが、そのソースがどこかも分からない。私は信じない。
「信じないのなら証拠もあるが?」
そう言って父親は手に持っているコピー用紙をひらひらとさせる。
そこで見せられたのは一枚の診療明細書だった。
そこには人工呼吸器(中断)と書かれているものがあった。
「なんでこんな書類を持ってるの……?」
ただただ怖かった。個人の機密情報のようなものを普通に持っているのだから。
「俺はお前らと離婚した後で転職したからな。公務員という役職にな。」
そうか、公務員は様々な書類を仕事で預かる。だとしても、その書類達を私的に利用することはいけないはずだ。
「でも、そうやって私的に利用するのはダメなんじゃない?私が報告すれば一発でクビだよ。」
だから須井くんの家も一瞬で分かったんだ。住民票か何かを探して家の住所を探し当てたんだ。そう思うと、鳥肌が止まらない。
「そもそも、お前が報告に行くことができると思っている時点で間違いなんだよ。」
そう言って、私の方へと輪っかのようなものを持って歩いてくる。付けられたらまずい。それしか脳内にはなかった。
ただ、狭い家では逃げる場所もなく、私の首にはその輪っかが取り付けられる。
そして、首輪のようなものは壁に付いているフックに連結させられ、私は完全に動きを制限されてしまった。
「俺は優しいから鍵は机の上に置いておいてやるよ。それからあの性格の悪い男の子が助けに来た時用に鍵もかけないでおいてやるよ。ただし、騒がれては困るからこれだけはさせてもらうよ。」
そう言って、父親は私の口に無理やりテープを貼る。
そうして、父親は貴重品を持って家を出て行ってしまった。おそらくもうこの家は捨てるつもりなのだろう。
あぁ、最悪だ。こんな薄汚い部屋に助けてもらえるまで居なくてはならないなんて。これならあの車の中にずっと居たほうがまだマシだった。
空調設備が動いていない部屋は不快感が強く、一刻も早く抜け出したいと思った。
◆◇◆
「この駅までとりあえずタクシーを走らせてください!」
僕はタクシーを大川の言っていた昔の家の地域の一番大きなターミナル駅へとタクシーを走らせる。
正直どこか分からない状況なので、ターミナル駅を中心に回っていくしかないのだ。
そんな時に、ケータイへ知らない番号から電話がかかってくる。それも海外番号のため、先生からの連絡でもないことも確かだ。だが、僕はとある人からの電話だと確信していた。
「もしもし?急に連絡してしまってごめんなさいね。いつも愛がお世話になってるわね。愛の母親よ。今、娘からメッセージが送られてきたわ。今から住所を言うからそこに向かって欲しいの。うちの娘は多分そこであの男に何かされているはずなの。私も行ってあげたいけど、たどり着くまでに時間がどうしてもかかってしまうから先に行っててもらいたいの。」
そう言って、住所を言われた後で僕はそれをタクシー運転手へ伝え、その場所へと向かわせる。
「正直、私なんかが頼られててすごく申し訳ないのよ。」
そう大川の母親は話し出す。
「私だって昔はあの男みたいに娘のことを完璧主義にさせようとしてたんだから。本当は私だって共犯者。やめた時期が早かっただけ。なのに、娘は私のことを信じてくれている。」
そう言って大川の母親は受話器の先でため息を吐いていた。
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