アイドルの過去
「まずはこれを語る上では私の昔のことから言わなくてはなりませんね……。」
大川はそう言って昔のことを話し始めた。
「私は一般的なサラリーマンの両親の家で生まれました。保育園や、小学校中学年までの頃は両親共に優しくて、私のことをたくさん褒めてくれました。」
そう言った後で大川はでも、と言ってこう付け足してきた。
「その環境が変わったのが小学校高学年の時でした。私はダンスクラブに入ってたんですけど、そこでたまたま今の村川プロダクションの社長さんが見にくる機会があったんです。」
話の流れ的にその先は予想がついた。だが、僕は何も言わずに聞くことにした。
「そこで、私はスカウトをされたんです。最初は両親共に大喜びでよくやった、と言ってくれました。でも、それは最初だけで段々と仕事が増えてくるにつれて私の両親は私に完璧を求め始めた。」
そう言って、大川は紅茶を口へと運ぶ。その後で、紅茶に砂糖を追加でひと匙入れていた。
「完璧、か。それは活動も勉学も全てなのか?」
そう聞くと、大川は静かに頷いた。
「そうです。だから、私は大森高校の難しい転入試験も突破できたんです。」
「ただ、それだけという言い方は悪いけど、それだけだと大川にプラスなことの方が多くないか?」
そう言うと、一瞬大川は下を向いて息をスッと吸ってからこう答えてきた。
「確かにそれだけだと、いいように聞こえるかもしれません。でも、私の父親が特に厄介なんです。」
大川がその後に説明してくれた内容によると、大川の母親は父親の圧のある体制に段々と疑問を持ち始め、離婚を決定。
大川も母親についていくも、何かしらの方法で大川とその母親の引っ越し先が父親へとバレてしまい、それ以来定期的に父親が訪問しにくるという。
また引っ越せばいいという問題ではないらしく、たとえ引っ越したとしてもまた何かしらの方法を使って引っ越し先を当ててくると言うのだ。
実際、大川がこの近くのマンションで一人暮らしを始めてからも、父親がマンションに定期的に訪問に来るらしいのだ。
「まぁ、もう父親の訪問い関しては正直慣れたのでどうだっていいです。ただ、それは完璧を継続できていた場合のみです。」
「つまり、何かそれを脅かすようなピンチが起こりかけているんだな?」
ただ、見ている感じ欠点のなさそうな大川が困ると言うことは本人ではどうしようもできないことなのだろう。
「そうです。今起こっているピンチは私にはどうしようもできません。ただ、詳しい事を言うこともできないです……。」
大川は相談したいが言えないことを歯痒く思っているようで、とても悔しそうな顔をしている。
「言える範囲でいいぞ。ただ、その相談をする前に1つだけ言っておきたいことがある。無理して完璧になる必要はないからな?少なくとも僕はできる限り味方をする。そこだけは念頭に置いておいて欲しい。」
「ありがとうございます。言える範囲で言うと、私がこの先アイドル活動をできなくなるかもしれないってことだけです。」
「え、それは困る!どうにかできないのか!?」
そう言うと、大川はここにきてから初めてクスクスとだが、笑ってくれてこう言ってきた。
「これだけ熱心なファンがいるならもっと頑張らないとね……!」
◆◇◆
言いたいことは全て相談できた。
帰りには須井くんが余った焼き菓子を少しお裾分けもしてくれたので、しばらくはおやつに困ることもなさそうだ。
そして、家に帰ろうとしたところで私はマンションの前に見覚えのある人影があることに気づいた。
「お父さん……。」
もう父親ではないが、そう言う以外の言い方が思いつかないのでそう呼ぶしかない枷のような名前。
ただ、いつものようにしっかりできているのかを確認するために来たのとは違う雰囲気を感じたが、マンションに入るには彼と話さなくてはならない。
私は重い足取りでマンションの入り口の前へと向かう。
「遅かったな。待たせやがって。」
そう隣にいる男性は私に向けて吐き捨てる。
「すみませんでした。少し私用で出かけていました。」
そう言うと、男性はため息をついた後で話したいことがあるから入れろと言ってきた。
こうなると、もうどうしようもない。
私はスマホケースから電子キーを取り出し、マンションの入り口のロックを解除する。
エレベーターに乗っている間、私も男性も言葉を交わさない。お互いにこれが公の場で話せる話ではないことは分かっているのだ。
そして、エレベーターが開き私の借りている部屋へ入ると男性は真っ先にこう聞いてきた。
「愛、お前アイドル辞めさせられるかもしれないって聞いたんだが、どう言うことだ?完璧にするという約束だったよな?」
始まった、私にとっての地獄の時間が。
「まだ辞めさせられるとは確定してないから。」
そう言うと向かいに座っている男性は気に食わなそうな顔でこちらを見てきた。
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