アイドルの危機〜大川視点〜
『新着があります』
この通知が毎日のように送られてくるメールを何であれ、私は開きたくなくなってきていた。
ただ、仕事の都合上は開かなくてはならないので、私は恐る恐るそのメールを開く。
また同じ内容だ。
『Megumiさんへ。収入減少に伴う川村プロダクションの選抜を行う予定でいます。売上などでひいきは行うことはありません
。一般の方に選抜をしていただきます。実施日は1ヶ月後となります。直近でライブの予定がある方も何人かいることでしょうが、頑張ってください。よろしくお願いします。』
収入減少。そう、私がデビューしたことでこれまでの数ヶ月の間は私の所属している川村プロダクションはなんとか経営赤字にならずに済んでいた。
しかし、新人として注目された期間は終わり、テレビやラジオに呼ばれる機会は段々と減っていった。
その結果、川村プロダクションは経営赤字に。対策としてメンバーを選抜し、新たにグループを結成。その選抜メンバーのみ、川村プロダクションに残れるというシステムを作り上げたのだ。
「はぁ。このままだと放課後と土日しか練習する時間が無い……。ただでさえアイドル活動が忙しくてクラスのみんなと遊びに行けてないのに……。」
ベッドの中で
メールに添付されているファイルから音源データをダウンロードし、振り付けを考える。
なんとしてでも、振り付けを覚えてメンバーに選ばれなくてはならない。
それは実は別にファンのためなどではない。もっと別の理由だ。
あの人の言葉に縛られているからだ。
『お前が一人暮らしする分には別にいい。ただし、全てのことにおいて完璧にしろ。それが条件だ。』
数年前、私が中学校を受験して一人暮らしを始める時に言われた言葉だ。
それ以来、あの人は何かしらの手段で私の成績などの情報を手に入れているようで、毎学期終了時に電話をかけてくるのだ。
「どうにか、合格しなくちゃ……!」
音源を聴きながら振り付けを考える。しかし、不安定な精神状態なのか納得のいく振り付けが浮かんでこない。
時計を見る。17:30。どこか近くへ気分転換へ行くのには十分な時間だった。
適当な外出用の服に着替え、マンションのエレベーターに乗る。
入り口の管理人さんがこんな時間に一人で大丈夫かと聞いてきたので、大丈夫ととりあえず返しておいた。
しかしマンションから出たはいいものの、行き先を全く決めていなかった。
とりあえず近くの公園にでも行こうかと思い、足を進めようとすると足元に何かが通ったような気がした。
足元を見ると、見覚えのある色がそこにはあった。
「ショコラちゃん!」
そう言うとショコラはにゃーと鳴いて、少し私の方を見た後でまたどこかへ走っていってしまう。
「あ、待って!」
走っていくショコラを私は必死に追いかける。
必死に追いかけていくと、気づけば見覚えのある建物の前に着く。
「あれ、大川じゃん。お!ショコラも!どこにいったかと思ったら大川が連れてきてくれたんか。よかったよかった。」
どうやら、ショコラは1時間ほど前に勝手に須井くんの家から脱走したらしく、ご近所さんにも捜索願いをしていたという。
「よかった……。あ、そういえば大川今暇か?両親から美味しい紅茶と焼き菓子送ってもらっちゃってさ。一人じゃ食べきれない量だし、少しどうだ?」
これが終わったら気分転換にカフェにでもと思っていたが、まさかの須井くんからのお誘いに私は断ることができなかった。
「ちょっと待てな。カップがもう一個あったはずなんだけど……。」
そう言って須井くんがガサガサと食器棚を漁っている間に他の場所も見回してみる。
思うことはある程度掃除はしているのだろうが、住み心地が良さそうではないと言うところだ。
ある整理はされているのだが、いらないようなものが通路の端に押しやられたままであったりと整理が行き届いていないところもあるようだ。
「お、あった。大川、もうすぐ紅茶できるぞ!」
そう言われ、私はとりあえず言われた席へ座る。
「いやー、毎回のように何かあると親が色々送ってくるからご近所さんに配って回ってるんだよな……。なんかショコラが大川を連れてきてくれた気もしてすごいラッキーって感じだな……。」
そう言って須井くんはうまっ!と言いながら紅茶を飲んでいる。
「いいな……そんな親がいて。」
ふとそんな言葉が口から漏れていた。
須井くんの親は須井くんのことを思ってとても大切に扱ってくれている。
でも、私の親は違う。
両親共にただのサラリーマンの家系だった。その中で私は小さい頃からアイドルの素質があるとして、完璧を色々な人から求められてきた。
完璧にしたところでご褒美も何もない。
「大川、大丈夫か?やっぱりお前なんか最近おかしいぞ。」
須井くんは私を心配するようにこちらを首を傾げながら見てくる。
「我慢してると私が爆発しそうなので須井くんには言ってもいいかもですね……。信用してるので相談してるので、くれぐれも口外はしないでくださいね。」
そう言うと、須井くんはこくりと頷いてカップを机の上に置いた。
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