捨て猫とアイドル

とある学校から帰ってゆっくりとしていた日のこと、家のインターホンが鳴り響いた。

宅配便で荷物などを頼んでいた訳でもないのでセールスなどかと思いドアスコープを覗いてみると、そこには大川が立っていた。

僕はそのままドアを開ける。すると、大川の他にも一緒に来ている動物がいた。

「須井くん、この猫捨てられてたんですよ……。私のマンションで飼えないのは分かってはいるんですけど、どうしても見捨てられなくて……。」

そう言った大川に続くように腕で抱き抱えられていた猫がにゃーと鳴く。

「ほら、この子も須井くんを頼りにしてるって言ってるよ?」


そう言っているのかもわからないが大川が拾ってきてしまった以上、この猫をどうにかしなくてはならない。

「とりあえず、悪い病気とか貰ってないか調べないことにはどうにもできないからな……。ちょっと待っててな?」

僕は部屋に置いてあったスマートフォンを手に取り、近くの動物病院に電話をかける。

電話に出てくれた先生は診察時間外にも関わらず、動物病院に連れてくるように電話で言ってくれた。

動物病院に家から大川と一緒に呼んだタクシーで向かうと、すでに閉まった入り口の前で獣医さんが待ってくれていた。


「こんにちは、須井君で合っているかな?この子がその猫かな?」

「あ、そうです。」

そう答えると獣医さんは大川の抱き抱えていた猫を受け取り、僕たちを裏口から案内してくれた。

「二人とも狭いけどこの部屋で待っていて欲しい。受付の方はもう鍵を閉めてしまっていてね。」

そう言って獣医さんは、従業員の休憩室のようなところに僕達を案内してくれた。

「あの猫ちゃん大丈夫かな……。」

狭い部屋の中で大川がそっとそんな言葉をつぶやく。

「大丈夫だよ。僕の家で話した時にあんなに元気に鳴いてたじゃないか。」

そういうと大川は安心したような顔でそうだよねと返事をしてくる。

しかし、どこかその目にはどこか生き生きとした感じがなかった。

「大川、どうかしたのか?あの猫に引っ掻かれたとか?なんか元気なさそうだぞ?」

そう聞くと、大川は一瞬ピクッと縦に動いた後でまた笑顔に戻りこう言ってきた。

「大丈夫。昨日遅くまで収録があってちょっと寝不足なだけだから。帰ったらちゃんと寝るよ……。」

少し無理をしているような気がするが、これ以上追求すると逆に本人を疲れさせると思ったので何も聞かないことにした。


しばらくすると、部屋に獣医さんが入ってきて僕たちを呼びに来た。

結果としては問題は特になかったようで、至って健康的な猫のようだ。

マイクロチップで元の親を探そうとしたらしいのだが、買ってすぐ捨てられたのかチップはついていなかったという。

「さて、結果も伝えたところで、君たちには選択してもらわなくちゃいけないことがある。」

そう言って獣医さんは2枚のパンフレットを僕たちの前へと出してくる。

「この子猫ちゃんについてなのだが、2つの行き先がある。1つ目が保護センターに任せて里親を探す方法。もう1つが須井君たちが育てながら里親を探す方法。どっちにするかは彼女さんと決めるといい。」


「いや、別に彼女ではないですよ!?ただ家が近いだけです!」

「そうです。たまたまですよ!」

彼女という言葉に僕も大川も言い返すと、獣医さんは乾いた笑いをしながら僕たちにパンフレットを渡してくる。

中身を読んでみると、その中にはどちらの選択にもメリットとデメリットがあることが見てすぐにわかった。

ただ、保護センターの方は里親が見つかるまでに時間がかかることがあること、預けた側の意思に沿うような育て方ができないこともあるということ。

大川とよく話し合った結果、猫は里親が見つかるまで家で預かることにした。

その旨を獣医さんに伝えると、学生だし色々と用意するのは大変だろうということで、ペットトイレやキャットフードなどいろいろなものを貸し出してくれた。


帰りがけにお幸せになどと冷やかしてきたりはしたが、とてもいい獣医さんだった。

里親が見つかるまでの定期受診もしてくれるようで連絡先の書いたメモも渡してくれた。

「よかったね。猫ちゃん。」

大川は帰りのタクシーの中でゲージに入っている猫を指先で撫でながらそう言っている。

しばらくして、大川は思いついたようにこう言ってきた。

「そういえば、名前どうしよう!須井くん、何か案はありませんか?」

名前。そういえば考えていなかった。

「一般的にはタマとかクロとか多いけど、そんなのじゃあ嫌だもんなぁ……。うーん、正直決められないな。大川が決めてくれ。」

そういうと大川はうーんと考えてからこう言ってきた。

「『ショコラ』はどう?茶色の毛だし?」

そう言うと、ゲージの中の猫も賛同するかのように、にゃあと鳴いた。

「この子も気に入ってくれたみたい!これからしばらくよろしくね。ショコラちゃん!」

そう言ってショコラを撫でる大川はアイドルの時とは違う可愛さがあり、正直に言うと可愛いと思ってしまった。










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