アイドルを見るもう一つの目

ゲームセンターでもらった大きなビニール袋から、猫のぬいぐるみを取り出す。

行ったことのなかったゲームセンターでこんな可愛い猫のぬいぐるみを取ってもらえたのだ。嬉しくないはずがない。

「よーし、さっき撮ったぬいぐるみの写真、SNSにアップしよーっと。」

マネージャーからの指示で、写真をたった後すぐに現地でアップロードをするのは特定の原因になるので禁止されている。なので、こうやって帰ってきてからSNSなどにアップロードをするように徹底しているのだ。

『学校で知り合ったクラスメイトの人にゲームセンターに連れていってもらいました!初めてのクレーンゲームに苦戦してたら、クラスメイトの子がこのぬいぐるみを取ってくれました!』

そんな文章と共に、数時間前にゲームセンターで撮った写真を添付してアップロードをすると物凄いスピードでいいねやコメントがつく。

コメントには目についたものへランダムに返信をする。少し前まではコメントは事務所管理だったのだが、今はその制限は少し緩くなっている。

『すごい可愛い!なんていう名前の景品が置いてあるクレーンゲームでしたか?』

このコメントに返信することにしよう。

『確か、もふもふアニマルズvol.2という紙が貼ってあった気がします!』

記憶を頼りに返信を書いていく。他はほとんど同じような内容のコメントや、一緒に行った須井くんの性別を尋ねるような変なコメントには返信もしない。

そして、いつものように食事をとり、お風呂に入り、ベッドへと潜り込む。

いつもと変わらないルーティーンだ。

◆◇◆

「おぉ、今日もmegumiちゃんのSNSの更新があったぞ……ヌフフ。」

深夜1時。そう言ってほとんど明かりもついていないような部屋で、彼女の投稿をじっとみている学生がいた。

まともに勉強もせず、ただずっと推しの投稿を見続ける。推し活はいいことかもしれないが、彼の行動は一線を超えていた。

「今日は写真付きだぁ……。どこへ行っていたのかなぁ?」

そう、ストーカー行為。推しへの愛のあまりに拗らせる人が多いこの行為は、多くの活動者にとって恐るべきものの1つだ。

「へぇ……ゲームセンターかぁ。いいなぁ。俺もmegumiちゃんと行きたいなぁ。」

そう呟きながら彼はぬいぐるみの写ったSNSにアップロードされている写真を保存し、大きなモニターで拡大しながら眺める。何か会えるためのヒントは無いか。何か、何か無いか。それしか彼の頭の中にはない。

台の景品シリーズの名前は『もふもふアニマルズvol.2』というものらしい。在庫のある店舗を色々なサイトで調べてみるが、新商品のようで品切れをしている店舗の方が珍しいレベルだった。

「ん?このクレーンゲームの台、少し古いやつだな……。都会住みではなさそうだな。まぁそうか。」

またも拡大をする。目に入るのはちらっと端だけ見える店員か客の服。

「黒っぽい服か……。ただ、これだけじゃ何もわからねぇな。チッ、もう流石にヒントは無いか。」

そう言って彼はパソコンをシャットダウンさせる。寝なくては。明日も学校という苦行がある。

◆◇◆

「えー、本日体育科の担当の先生が休みのため1限目の体育は木曜日の体育と入れ替えとなります。」

火曜の1限にあるはずだった持久走と、木曜の5限のバスケットボールが入れ替えとなった。しかも、ちょうど木曜日は祝日で休みである。持久走が嫌いなクラスメイトたちはこぞって喜び合った。

僕からしてみればどちらもそこそこにしかできないので関係ないのだが、なぜか運動ができるような人ほど、この変更に喜んでいたように見えた。

ホームルームも終わりかけの頃、後ろの扉から村川とクラスメイトの一人である片岡が入ってきた。

二人とも目はくまができており、とても眠そうにしている。どうせまた二人で夜遅くまでゲームでもしていたのだろう。

「おいお前ら、また遅刻かよ。そろそろ将来のことも考えて行動した方がいいぞ!」

先生に怒鳴られた二人は眠そうな顔ながらも、少しピリッとした顔になっていた。

ホームルームも終わり、生徒たちが少しずつ校庭へと移動していく。

遅れてきた村川を待っていた僕は、教室の外でこちらにこっそりと手招きをしている大川を見つけた。

自分を指差すジェスチャーをすると、大川はコクコクと頷いてくる。

「悪い、村川。少しトイレ行ってくるわ。」

おーう!という呑気な声を聞いた後で、廊下にいる大川の元へと向かう。

「須井くん、体調を今から悪くするにはどうしたらいいですか……?」

「は……?」

急にそんなことを聞いてきた大川におかしくなったのかと一瞬思ってしまった。しかし、大川がおかしくなるなどあり得ないと考え、何か理由があるのだろうと質問をしてみた。

「それはどういうことだ……?何か帰りたくなったことでもあったのか?」

そう聞くと、大川はため息をついてからこう答えてきた。

「私、球技がとても苦手なんです!みんなに笑われるくらいに苦手なんです!どうしたらいいですか……!?」












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