第13話 伊集院土兵衛
『おおすみ』と言う名の薩摩の侍たちが足しげく通うこの酒場は、蔵屋敷が立ち並ぶ通りの路地を入った一角にある。その名の通り、元は薩摩の大隅出身の船乗りの夫婦が始めた店で、薩摩の者達の
「武士と申しましても、半分は百姓でござる。
土兵衛は屈託なくそう言いのけると白い歯を見せて笑った。土兵衛の話によると薩摩の武士の大半は同じような身分なのだそうだ。
「それを申せば、それがしとて同じようなもの、禄だけでは食ってはいけず、百姓も漁師も木こりまでもやりまする」
吉十郎は、答えながら、この土兵衛という薩摩侍に好意を抱き始めている自分に気が付いていた。ウマが合うと言うのだろうか、互いの置かれた立ち位置も
「大阪にはいつまで御滞在か?」
吉十郎が訊くと、
「今年の暮れまでには薩摩に帰られると思いまする。国許では女房か一人で百姓仕事をやっておりますれば、早う帰ってやらねば」
土兵衛は、そう言うと窓の外、夕暮れに染まる西の空を見て目を細めた。西の空のはるか先が薩摩の国である。
一方、小春は、甘藷芋の事を知るべく大阪中の八百屋を回り、また市場にも向かい競り人にも声を掛けた。当時の大阪の人口は六十万に迫り、日本一の都市になっていた。八百屋という商家も何十件とあり、一軒一軒、訪ね歩くも根気が要った。しかし、帰ってくる答えは何処へ行っても、「知りまへんな」の一言だった。中に何人か名前だけは知っている者もいたが、如何なる芋かと逆に問いかけられる始末。何も得ることはできず、手を挙げざるを得なかった。
「その伊集院様とやらに訊くしかござりませんようで」
小春は、すまなそうに吉十郎に報告した。
「うむ、おそらく薩摩の者しか知らんのじゃろう。門外不出を徹底しておるようじゃのう。これは困った」
吉十郎はそう答えながら、たかが芋をここまで隠し通すとは、薩摩と言う国の底知れぬ不気味さにふるえる思いがした。そして、「芋を盗んで来いとはなんと」と拍子抜けした数日前の自らの姿を思い出して苦笑するしかなかった。改めて、大変な事を仰せ付かったものだと心底思うのだった。
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