第14話 芋酒入荷

『おおすみ』には週に三度は通った。毎日といきたいところだが、それだと目立ってしまい怪しまれてしまう。吉十郎は慎重になっていた。ある日、いつものように冷奴ひややっこをつつきながら酒を飲んでいると、

「ほう、やっと芋酒が入ったか。芋酒をくれ」

 大きな声がした。

 ふと壁を見ると『芋酒入荷』の紙が貼ってある。

「こちにも」

「こちもじゃ」

 いたるところで声が出始めた。そんな時、肩を叩く者がいる。振り向くと、

「下見殿、おいでごわす」

 伊集院土兵衛が立っていた。土兵衛は、最初のうちは武家言葉で会話をしていたが、親しくなるにつれ、薩摩言葉を使い始めた。薩摩潜入と言う事態も予想されることからは、これは吉十郎には好都合だった。土兵衛を師匠にして秘かに薩摩言葉を覚え始めたのだ。土兵衛も薩摩言葉を快く受け入れてくれる他藩の藩士に好意を持ち、薩摩言葉の説明までするようになった。

 ちなみに、吉十郎は、ここ大阪では今治藩の蔵屋敷役人になっている。本名の下見吉十郎もそのまま名乗っている。家老の服部伊織に早飛脚でそのように計らってもらうよう依頼したのだ。今治藩の藩士という事で怪しまれずに薩摩藩の役人に取入ることができる。幸い、薩摩藩の蔵屋敷と今治藩の蔵屋敷は近所に位置している。この居酒屋は他藩の藩士たちもよくやって来るので、怪しまれることはなかった。


「伊集院殿、皆が頼んでいる芋酒とはいかなる酒でござりまする」

 吉十郎は、おそらく大殿が昔の剣術仲間に飲ませたもらったと言う甘藷から造った酒の事だと思ったが、とぼけた顔をして聞いてみた。

「芋酒でござるか。これは旨い酒でごわんど。こちにも芋酒頼みもんす」

 土兵衛は、大きな声を上げて芋酒を注文した。出て来た芋酒は大きな徳利に入っていた。

「まま、一献」

 土兵衛が徳利を手に持ち吉十郎に勧める。湯呑に注がれた芋酒は透明でかすかに茶色がかっていた。吉十郎は酒の匂いを嗅ぎ、そして飲み干した。

如何いかがで?」

 土兵衛が上目づかいに訊く。一呼吸おいて、

「旨い!」

 と一言発した。お世辞でなく、本当に旨かった。匂いはきつく酒もきついが、ほのかに甘くのどを滑るように流れ胃の腑に入って行く。

喉越のどごしがよい酒ですな。何杯でも飲んでしまいそうでござるのう」

「この芋酒の喉越しは格別でごわす。さあ、何杯でも何杯でも」

 土兵衛が喜んでまた湯呑に芋酒を注いだ。自分の故郷の名物をめられて喜ばない者はいない。

「冷たいのは冷やしているのでござるか」

「左様。徳利に入れて井戸水で冷やすのでごわす。冷やすと旨さが一段と増しもんそ。冬の寒い折には湯で割っても旨うごわす」

 土兵衛は饒舌じょうぜつになって来た。酒が少し回って来たのだろう。吉十郎は酔ったふりをしながら適当に相槌あいづちを打ち、注意深く薩摩言葉を覚え込んでいた。

「ところで、この芋酒は里芋かなにかで造るのでござるか?」

 とぼけて訊く。

「いや、これは唐芋で造るのでごわす」

「唐芋?」

「左様、唐芋でごわす。琉球から伝わった芋で琉球芋とももんす」

「このような旨い酒を造る芋でなら、さぞや旨い芋でござろう」

「旨うござる。焼いても蒸かしても、それは旨うこざる。飯に混ぜて食う者もおりもんそ。まだ食ったことはごわはんど、油で揚げれば極上とのことと聞きもんそ」

 土兵衛は、甘藷の自慢を始めた。折を見て、

「一度、その芋を食ってみとうござる。一つ、二つ、分けてもらえぬか」

 門外不出という事を知った上でかまをかけてみる。

「すまんことでごわすが、この芋は門外不出。他国の者に分けることは禁じられておりもんそ」

 酔いが進みながらも、きっぱりと断られた。

「そう言われると、ますます食いとうなってござる。だが、門外不出となればあきらめねばならぬのう。して、やはり里芋の様な芋でござるか?」

 吉十郎は本題に入って来た。芋をくれと言う無理難題を初めに要求しておけば、次の垣根を下げた要求には容易く応ずるのが人と云うものだ。土兵衛は何の疑いもなく唐芋の説明をし始めた。それによると、形、大きさは手の握りこぶし様なのものが多いが、決まってはおらず細長いものもあると言う。薄い赤茶けた土色の皮に覆われていて、所々に芽の出る穴があるという事だった。吉十郎はやっと相手の正体をおぼろげながら思い浮かべることができた。

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