第11話 姫路城下の夜
六月も上旬に入っていた。そろそろ梅雨の時期なのだが一向にその気配は見えず、五月晴れのような青空が天を
「今年も百姓衆は大変じゃのう」
道すがらの百姓たちの顔色がさえないのを感じ取って、吉十郎は後ろを振り返り小春に語りかけた。
「雨が遠うございますな。このままだと田植えもままならぬことと存じます」
「ああ、このままではえらいことになる。干ばつとなるやもしれんのう」
「恐ろしや」
小春は首を横に振りながら
五年の間は百姓の嫁だった小春は、天候がいかに大事かという事が身に染みている。吉十郎は、小春の返事を聞きながら、故郷大三島の事を思った。
「あの茶店で一服しよう」
吉十郎は峠にある小さな茶店を指さした。
「はい」
小春はしおらしく返事する。
「なかなかに、武家の奥方が板に付いて来たのう」
「左様にござりまするか」
二人は一緒に笑った。武家の夫婦という芝居を演じなければならず、このような事を繰り返しながらの旅だった。だが、吉十郎の心と体にはある耐え難いものが沸いてきていた。妻が急の病で死んで三年、一人、島にひきこもっている間、女と言うものに縁がない暮らしを続けてきた。女に会う事もなく、股間の一物はその本来の役割は終えたかに思われた。だが、この小春と一緒に旅をすることになってその役割りが今だ終わってはいないという事が分かってきた。
(図られたのかもしれん)
吉十郎は思った。伝三がわざわざ吉十郎と小春を広島藩の藩士夫婦として通行手形を造り渡した意味が分かってきた。要するに、どさくさに紛れて二人を一緒にしてしまおうと図った気がする。
(その手には乗らんぞ)
と思ったが、我慢も五日が限界だった。
尾道を発って五日目、姫路城下の宿に泊まった夜だった。小春の眠る布団にそっと手を入れた。小春の手をまさぐり握ると小春も手を握り返してきた。女盛りの身体は男の気配を十分にその身に感じとっていたのだ。
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