第10話 山陽道
誰が見ても武家の夫婦の二人旅だと思うだろう。吉十郎と小春は、
小春は、下駄屋の夫婦や乾物問屋の主人、番頭、手代たちには、母親が病になり看病のため国に帰るという事にしたらしい。
「しばらくは帰れない、もしかすればもう帰れないかもしれないと申しますと、皆、たいそう名残惜しんで下さいまして、
「餞別まで…、遠慮せなんだのか?」
「いえ、頂けるものは頂いておく性分でございまして」
小春は、そう言うと、いたずら小僧の様な顔で笑った。
吉十郎はその顔を見て、素直に、愛おしいと思った。そして、この女とは相性が良さそうな気がする。亡くなった妻とは仲は良かったが、相性が良いとは言えなかった。つまらぬ冗談や
「だが、それにしても何で乾物の行商なのだ?」
旅の道すがら小春に問うた。
「乾物問屋が
小春はさらりと答えた。
「小春殿が見破ったのか?」
「いえ、掘様が、
伝三は、隣の福山藩との国境が町の中にある尾道の代官をしていた時、すでに乾物問屋が隠密宿であることを見破っていた。だか、表沙汰にすることはなく、そのまま放っておいて出入りする公儀の間者を監視していたそうだ。小春は、行商人として乾物問屋に入り込み、さらには
「旦那様もおごう様(奥さん)もええ人なんですよ」
小春は、乾物問屋の夫婦にはよくしてもらったらしい。それだけに、好意を裏切っているようで
乾物問屋は
「して、公儀隠密と分かったらどうするんじゃ。殺してしまうんか?」
「そんなことはいたしません。分からぬように見張るのでございます。大概は、長州の方へ参られます。同じ外様とは言え、御公儀には、浅野様と毛利様はその扱いが違うようでございます」
小春も分かっているのであろう。幕府が薩摩の次に警戒しているのが長州であることは知らぬ者はいない。この時より百五十年後、幕府の不安は的中することになるのだが、この二人にはそんな先の事は分かる訳はない。
「芸州の中を探索し始めたらどうするんじゃ?」
「子供を使って
そう言うと、口に手を当ててくすくす笑う。
「では、人を
吉十郎は問うてみた。
「そんな恐ろしいことはできませぬ。吉十郎様は人を
小春がおそるおそる訊く。
「ある」
短く答えた。小春の顔色が一瞬曇った。
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