治すための治療(1)

「ところで俺に用があったのでは? 体調でも優れませんか?」


 ナツメに尋ねられ、私はこの部屋を訪ねた目的を思い出した。そうだ、ここへ来るまでの情報量が多過ぎて、忘れかけていた。


「ええと……朝に指に棘が刺さったのが、思いのほかずっと痛くて。あ、棘自体は取れてるんだけど……」


 ナツメに症状を伝える声が、つい尻すぼみになる。仕事が一段落したと思っている相手に、新たな仕事を言い渡すこの罪悪感。胃が痛い。

 けどここで「やっぱりいいや」と言って、「そうですか」と言うようなナツメではないだろうし。私はおずおずと彼に右手を差し出した。

 その私の手が、出したと同時にナツメに取られる。……あ、やっぱり「逃しません」ってことね。


「イスタ邸の中庭で、木の幹に触ったら刺さったのよ」


 私の手をじっと見てくるナツメにむず痒い気持ちになり、私は聞かれてもいない状況説明を補足した。

 美生と一緒に散歩をしていて、彼女に怪我を知られまいと隠そうとしたのがいけなかったのだろう。しばらく棘が刺さったままでやり過ごしてしまったため、悪化したのかもしれない。

 散歩といえば、美生は「夏の花が咲き始めた」と話していた。ルシスの花に詳しくなっているあたり、カサハルートを順調に進んでいるようだ。


「治療のし甲斐がある怪我ですね」

「これくらいで来てごめんて」

「皮肉ではないですよ、事実を述べただけです。貴女は怪我が痛くて治したいとここに来たのでしょう?」


 ナツメが魔法を詠唱し、初日で見た時と同じく傷の周りがぽわっとした光で包まれる。

 その光が消え、解放された手を私はじっと見た。


「ありがとう。擦り傷一つ残らないとか、やっぱり魔法ってすごいわね」

「どういたしまして。俺も本来の用途で回復魔法が使えて良かったですよ。治した側から怪我をしてくる彼らを見ていると、俺まで下らないいざこざの片棒を担がされている気分になります」


 ナツメがうんざりといった表情で、溜息をつく。


「あまりに怪我をしてくるものだから、本心ではそろそろとどめを刺して欲しいのではと疑っているくらいです」

「絶対違うと思うから止めは刺さないでいてあげて……」


 ナツメの言い方からして、今日来た彼らは常習犯のようだ。

 嬉々として患者に止めを刺すナツメが、難なく想像できてしまうのが怖い。


「今、俺ならやりかねないと思ったでしょう?」

「正解」

「俺も自分で冷血漢と思ってます」

「あ、そこは「俺も」じゃないわね」

「え?」


 難なく想像ができても、私はナツメがそれを実行するとは欠片も思っていない。本人はわかっていないようだが、ナツメはかなりお人好しだ。「難なく想像できる」ことすら、彼自身が敢えて他人に与えている印象だといえる。

 ズケズケ物を言うタイプの人間は二種類いて、自分には言われたくない者と自分にもそうして欲しい者がいる。ナツメのは後者だ。後者の人間との会話では、こちらも遠慮なく――言葉を換えるなら正直に話せることが多い。そしてこの「正直」に症状が伝わることが治療に重要なのは、どこの世界でも変わらない。そういった点からも、ナツメが治療士というのは天職と思う。


(そもそもナツメの口の悪さも、人間扱いされないからって始めた人間味を出すための地味な努力だものね……しかも無自覚の)


 私は本当にわかっていない顔をしているナツメの眉間にできた皺を、くいっと人差し指で押してやった。

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