『神の申し子』(2)
ナツメから「どうぞ」という返事があり、私は部屋に入った。
ナツメは部屋の中央付近に立っていた。……腕を組んで、露骨に不機嫌オーラを出しながら。
「あー……お疲れ、ナツメ」
何だこの休日出勤帰りの人間と鉢合わせた感。つい仕事仲間に掛けるような挨拶が口から出てしまった。
「――ああ、アヤコさんでしたか」
こちらを振り返ったナツメの腕組みが解ける。同時に彼の不機嫌オーラも雲散した。その切り替えの速さ、見習いたい。
「惜しかったですね。つい先程まで、複雑骨折から内臓損傷まで重体患者の見放題でしたよ」
「そんな見放題は全力で遠慮しておくわ……」
先程の患者ほどではないが、ナツメの服にもところどころ赤い染みが見られた。ここへ来る途中すれ違った三人組の清掃員が、どこで何を掃除していたかなんて知りたくなかった。
「魔獣が出た……わけではないのよね?」
「ええ。お察しの通り、センシルカの馬鹿共の喧嘩ですよ」
「ナツメは『見放題』直後でも、全然平気そうね」
「平気も何も。骨に負荷を掛ければ折れますし、血管に穴が空けば血が漏れ出ます。何の不自然さも無い、当たり前の現象ですよ」
「その考え方が
実際に必要なスキルは人体の構造の理解で、医師と同じらしい。ルシスの治療士が使う回復魔法は、人体を再構成するものだそうだ。
なので、魔力がある人は治療士に、そうでない人は医師になる。物理的な技術に左右されない治療士の方が、重度の患者を担当する方が多いと言われる。
とはいえ、腕や足くらいの欠損を再生できる治療士はそれなりにいても、それ以上となるとそうはいない。おそらく内臓まで的確に治せるのは、ナツメしかいないだろう。
「ねぇ、特定の家の傭兵に肩入れするのは、まずいんじゃないの?」
ふと思い、私はナツメに尋ねた。
御三家は三つ巴だからこそ、バランスが保たれている。チートレベルな治療士であるナツメが手を出しては、そのバランスが崩れてしまうのではないだろうか。
「それなら心配は要りません。仲良く御三家すべての傭兵が来ていましたから」
「えー……。それってここで顔を合わせて大丈夫なものなの?」
「不仲なのは彼らの雇い主たちであって、彼ら自身は別段そういった感情はなさそうですね。ですから仕事外で争う義理はないんでしょう」
「そういうものなのね……」
もしかして先程笑い合っていたのも、違う家の傭兵同士だったのだろうか。だとしたら皮肉抜きで仲良くしていたわ……。
「俺としては、治療前に数を減らしてもらっても構わないのですが」
「いやいや数が減るって、そこで減ったらまずい減り方でしょうが」
その場合、怪我人が減るは回復するのではなく死人という呼び方に変わるというわけで。
「まったく……。以前にも似たようなことがあったので、前回来たときと同じ宿にしておいて正解でした。ここなら俺が部屋を取れば、大量のシーツと清掃員が必要だとわかっているでしょうから」
「実際、間髪入れずに清掃員が来てた感じよね……」
『大量のシーツ』の方も、既に洗濯場に回されていそうだ。
「うん……お疲れ様」
私は再度ナツメに、それからこの宿の従業員に向けて言った。
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