イスタ邸(3)

「とはいえ、運悪く一人でいるときに遭ってしまったなら、どうなるかわかりません。それに反撃に出れば普通に殺しにかかって来ます。ですから、できる限り一人で行動することは避けて下さい――アヤコさんも」

「へ? あ、ああ、そうね。気を付けるわ」


 呑気に二人の会話を聞いていたところをいきなりナツメに名を呼ばれ、私は慌てて愛想笑いで返した。

 途端、ナツメに疑いの目で見られる。

 そして美生には、心配の眼差しを向けられる。


「あ、うん。気を付けるから、本当に」


 さすがに今度は割と真面目に答えた。


「そうして下さい。――それでお二人の部屋ですが、申し訳ありません、この部屋を共同で使っていただけますか?」


 コの字型廊下の突き当たり、中庭側の部屋をナツメが指す。


「わかりました」

「あー……それは駄目、かも」


 私から拒否の返事がくると思わなかったのか、先に答えた美生とナツメの両方から「え?」という声が上がった。

 ごめん。でも、一人部屋でないと寝られないとか、美生と同室が嫌だとかではないから許して欲しい。私がそう言ったのは、もっと切実な事情だ。


(私が居たら、きっと美生の恋愛イベントが起きないよね……)


 これ。この理由に尽きる。

 美生以外も寝泊まりしている場所で、あんなことやそんなことは始まらないだろう。始まっても困る。


「えっと……私が知る『彩生世界』と、なるべく同じ条件でいて欲しいのよ。そうしないと、私が知る未来と違ってしまうかもしれないから」

「先程神殿で言っていた、手順が大切という話の関係ですか?」

「そう、それ。だから私にそこの資料室の一画を使わせてくれない? 資料室は二部屋分の間取りだし、隅の方にちょこっと寝床を作るスペースくらい無い?」


 資料室では、ロイのイベントしか発生しない。そして彼のフラグは先程折れた。我ながら良い案だと思う。


「それは可能ですが……ベッドは入らないので長椅子で寝ることになりますよ?」

「上等、上等。長椅子で寝るのは慣れてるから、それでいいわ」

「わかりました……事情が事情なので仕方ありません。夜までに毛布や水差し等を用意しておいてもらいます」

「ありがとう」


 よしよし。これで一安心ね。


「今から昼食にしますが、ミウさんは一度部屋の方を見たいですか?」

「いえ、部屋へ戻るときで大丈夫です」

「わかりました、では部屋の鍵だけ渡しておきます。扉に掛かっている魔法が、このタグで解除できますので、首から提げておくとよろしいかと。アヤコさんには俺が持っている資料室の鍵を預けておきますね」


 仕事で馴染みのあるUSBフラッシュメモリに似た鍵を、ナツメから手渡される。ホテルでよく見かけるカードキーの小型版といったところか。


「ナツメのなのにいいの?」

「アヤコさんなら、邸のすべての扉に鍵の魔法を掛けたのが誰なのか知っているのでは?」

「あ、なるほど。無くてもナツメは困らない訳ね」

「そういうことです。でも普通に、必要なときは貴女を探して開けてもらいますよ。ではお二人とも、食堂へ向かいましょう。用意ができているはずです」


 言って、ナツメが元来た廊下を引き返す。

 私と美生は、その彼の背中に続いた。

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