イスタ邸(2)

「地下は全館共有のスペースになっているので、今はひとまずそちらを案内します」


 ホールにある階段を下りながら言うナツメに、私は美生と一緒に付いていった。


「浴場や洗面などの水回り全般はここにあります。浴場は男性と女性の時間交代制で、時間については入口に五日分の予定が書いてありますので、そちらを見て下さい」

「わかりました」


 ナツメの説明に美生が返事をする。


(あ、そうか。美生は魔法に目覚めたときに、文字も読めるようになってたっけ。私は読めないんだよね……)


 書いてあるという『五日分の予定』に目を凝らして見る。

 うん、読めない。まったく。

 私は聖女じゃないもんね……やっぱり突然読めるようになったりはしないか。


「美生、貴女がお風呂に行くときに私も一緒に行っていいかしら?」

「はい、勿論です。一緒に行きましょう、彩子さん」


 美生が笑顔で快くお願いを聞いてくれる。いい子だ。

 幸い、ナツメたちとも美生とも会話はできる。永住するわけでもないから、何とかなるだろう。

 地下の廊下をグルッと一回りして、地上に戻る。その後は西館廊下を行きながら、ナツメは他の施設については後日案内すると言った。地下が私の記憶にある見取り図通りなので、おそらくそちらも同じだろう。

 西は皆の部屋と、資料室、会議室、倉庫、医務室。東は他の住人の住居と、一部商店。それから食堂に、食料庫。うん、完璧。


「ミウさんの召喚を含め、俺たちが行おうとしているのは『ルシス再生計画』と呼ばれています。以前より魔獣の動きが活発化しており、彼らの巣と思われる境界線の早急な消滅が望まれています」

「魔獣ってさっきの黒い何かですよね……。魔獣って何なんでしょうか」

「魔獣が何か、ですか。難しい質問ですね。実のところ彼らについてはほとんどわかっていません。わかっているのは、魔獣は人の『記憶』を喰らうということです」

「記憶を喰らう、ですか?」

「魔獣に襲われた者は、軽症なら数日分程度、重症では自分が生きている存在だという記憶まで奪われ、廃人になった例もあります」

「廃人……」

「もっとも廃人まで行くのは稀な例です。魔獣は滅多に一人を集中的に襲うということはありません。理由は不明ですが、魔獣の被害は大人数が軽症のみというケースが大半です」


 深刻な表情で「そうですか……」とナツメに返す美生。


(こんなふうに美生は説明を受けてたのね)


 私は二人の遣り取りを、そんなことを思いながら見ていた。

 ゲームではこの辺りは、美生が自分にあてがわれた部屋に戻った後に今日の出来事を思い返すという形で表現されていた。だから彼女がどんな状況でその話を聞いたのかを知ったのは、初めてだ。しかしいきなり廃人なんてワードが飛び出すとか、実際聞くとインパクトがある。

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