境界線と彩生(2)

 私は、ナツメのすぐ後ろ――神殿の前庭に至る階段の手前で足を止めた。

 昼の時刻と思われる、高い位置の太陽を見上げる。よく晴れており、向かって右側坂の下にイスタ邸と思われる建物が見えた。

 森の中に佇むそれは、風景も相俟あいまって中世ヨーロッパを彷彿とさせる。

 だが、神殿から左側を見たならば――――


「何、あれ。空が……裂かれている……?」


 空の一点に見つめ、美生が呟く。

 セネリアが生み出した闇。この世界で『境界線』と呼ばれるそれが、私たちの目の前に在った。


(本当に世界が途切れてる……)


 不自然に光と闇が分かれた境目。まるで綺麗な青空の写真が破かれたような――その光景は異様だ。

 ゲーム画面では何度も見た。けれど、実際に目にしたそれは全然違う。


(これがこの世界の人たちの、現実)


 美生の横顔を盗み見る。


「私、頑張らなくちゃ……」


 その顔色は青ざめていて、けれど決意が見られる彼女の眼差し。

 そうだ、ここでは美生もまた現実。この先、彼女は私の側で笑ったり、悲しんだり、時に怒ったりする。


「うん。ミウには、この世界が救える」


 ルーセンが美生に歩み寄り、彼女の肩にそっと手を置く。


「闇に覆われたあの場所には、イスミナという街があったんだ。それをセネリアが丁度この場所から闇――境界線を発生させて今のような状態にした。――ミウ、この辺りに丸い宝石みたいなものが浮いていない? 聖女の君になら見ることができるはずなんだ」

「丸い、宝石……」


 ルーセンの言葉に、美生が辺りを見回す。そのうち彼女は一点で視線を定め、そこへ向かって手を伸ばした。

 瞬間――


「!?」


 何かが弾けた音がした。

 しかし、私たちを驚かせたのはその音ではなかった。


(空が……)


 空が塗り替えられる。

 そう、塗り替えられた。

 夜よりも暗い闇が広がっていた境界線の空が、大きなで塗り替えられるように青に変わって行った。

 森と街の線画が高速で描かれ、それが徐々に着色され……。時間にして数秒、そこにはまるで初めからそうであったかのように、豊かな森に囲まれた街の風景が広がっていた。


「これが、彩生……」


 私は無意識の内に呟いていた。

 ゲームではルシスの再生シーンに『彩生』の文字が充てられ、それがゲームのタイトルにもなっている。


「また……頭の中に、声が」


 美生が頭を抱え、その場にしゃがみ込む。


「あなたは誰? 「助けて」って……あなたは誰なの……?」


 苦しげな彼女の様子に、反射的に傍に寄ろうとして――踏み止まる。


(駄目。私の役目は、物語に忠実であること)


 それが美生の助けになる。間違えてはいけない。


(でも、本編以外では彼女を甘やかそう)


 乙女ゲームのヒロインというのは、大体において過酷な運命。プレイ中、ずっと甘やかしたいと思っていた。折角、喚ばれたのだから、そのくらい叶えてもいいだろう。

 三人の本編での遣り取りが終わった頃を見計らい、私は皆と合流した。

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